寅誕生日記念SS | ナノ


歩く度にきしきしと鳴る廊下をトラと手を繋いで進む。
同じ扉の前をいくつか通り過ぎて、今日泊まる部屋の扉に掛けられたプレートをぼんやりと読んだ。

(檜の間……)

こういう旅館の部屋名ってどうしてこう同じような名前なのだろうか。
桜の間とか、白松の間とか、どこの旅館にもある気がする。
そんなどうでもいいことを考えてしまうのは、たぶん凄く緊張しているからだと思った。

トラに背中を押されるまま部屋に入って一番に目についたのは、8畳程の室内の真ん中にぴったりと寄り添うように敷かれた二組の布団。
お風呂に入っている間に旅館の人が用意してくれたのだろう。
まだ夕飯すら食べていないのにちょっと早すぎる気もするけれど……

どうしたらいいか分からず布団を前に立ち尽くす。
パタン、と後ろから聞こえてきたドアの閉まる音にびくりと肩が揺れた。
トラとは恋人同士なのだし、別にこんなに緊張する必要無いのに脈拍は上がるばかりで。

「っちー……」

後ろから聞こえてきた声に、窓開ける?そう尋ねようと振り向いて固まった。
目に入った肌色に思わず瞠目する。
ちゃんと浴衣を着ていたはずのトラの上半身が全部肌蹴ていた。
腰に巻かれた帯で止まってはいるけれど、あまりにも肌が露出し過ぎている。

「ちょ、ちょっと!ちゃんと着てよ!!」
「ああ?別に部屋ん中だしいいだろ?」

良くない。目のやり場に困る。
そう訴えたところで聞いてくれるわけないから、

「っ…服乾かしてくる!」

と洗面所に逃げることしかできなかった。



砂まみれになってしまった服を手洗いしながら、火照った顔を冷ます。
温泉で温まった肌に触れる水が気持ち良くて、ふう、とひとつ息を吐いた。

ちょっとした遠出デートのつもりが、思いがけずしてお泊りデートとなってしまった今日。
今夜はずっと彼と一緒なのだと今更に自覚して、恥ずかしさと嬉しさにじたばたと暴れたくなる。
こんな心境で冷静な思考なんてできるはずもない。
トラのパンツは濃い色をしているから汚れがあまり目立たなくて良かったな、なんて必死に気を逸らそうと努力しながらただ服を洗い続けた。

「お嬢、オレのパンツの尻ポケットに鍵入ってねぇ?」
「――っ!」

突然後ろから声をかけられて飛び上がる程驚いた。
せっかく落ち着きかけていたというのに、鏡に映ったトラの姿にまた心臓が騒ぎ出す。
肌蹴させていた浴衣をちゃんと着ていたことにとりあえず安堵した。
まあ、胸元を大きく開けて袖を肩まで捲り上げているその恰好は【ちゃんと】とは言い難いけれど。
ドキドキとうるさく響く脈の音に聞こえないふりをして平然を装った。

「鍵…は入ってなかったわよ?上着の方じゃない?」
「っかしーな……ってお前髪の毛びしょ濡れじゃねぇか」
「え――…っひゃ!」
「まだ外冷えんだから風邪ひくだろ、ったく……」

ばさっと頭に軽い衝撃があって数秒後、トラがタオルで髪の毛を拭いてくれてるのだと理解する。
自分でやるからと体を捩れば、じっとしてろとその手に力が入る。
大人しく前を向くとどうしても鏡に映る彼の姿が目に入ってしまうから、私はただされるがままに俯くことしかできなかった。

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