寅誕生日記念SS | ナノ


梅雨時にしては随分な豪雨となってしまった今日。
さすがにこの雨の中バイクで帰るのは危険だということで、私たちは急遽旅館に泊まることになった。
シーズンオフということもあって、入った小さな旅館に宿泊客は私たち一組だけ。
お母様には連絡したけれどお父様は仕事で不在だったため、帰ってから会うのがちょっとだけ憂鬱だ。
でもこれはいわゆる不可抗力というものなのだから仕方ない。
私としては嬉しいハプニングではあるけれど……

海が見たい。
思いつきでそう言った私をバイクで海岸まで連れて来てくれたトラ。
雨の多いこの季節、今日だって天気予報では午後からかなりの確率で雨が降ると言っていた。
けれどトラと一緒に静かな海が見たかった、例え雨が降っていても。

思いつきのきっかけは本当に些細なことだった。
いつもトラの部屋で二人ゆったり過ごすことが多いから、たまには外に出たいなんて軽い気持ち。
天気のことも考えて水族館とかショッピングとか、そんないわゆる室内デートも考えた。
でもどうしても人気の多い場所には行きたくなくて。
二人で過ごす時間はいくらだってあるのに、やっぱり私はトラと二人きりで過ごしたかった。

(バカみたいだわ……)

自分の思考に少しだけ笑って、もう一度窓の外へと目をやる。
季節外れの海へ来た理由がこんなものだと知ったらトラは呆れるだろうか。

二人で見た凪いだ海と、トラの笑顔を思い出してまた笑みが零れた。




「やーっと出て来たか、どんだけ長湯なんだよお前……」
「あ……」

【女湯】と書かれたのれんをくぐって旅館の廊下に出ると、すぐ横で待っていてくれたトラに声をかけられる。
呆れたような声に視線を向けて、ドキッと心臓が跳ねた。
白地に紺の模様の浴衣に紺の帯という、いかにもな旅館の浴衣をさらりと着たトラ。
いつもは高く結われている髪の毛を無造作に下ろしている彼は、思わず動揺してしまうくらいに色っぽい。
見慣れない姿に酷く落ち着かない気持ちになった。

「ごめんなさい、いいお湯だったからつい…すごく待たせちゃった?」
「まぁな。でもま、別にいーけど」

んん、と軽く体を伸ばしたトラが私の手を自然に取る。
私たち以外に誰も人がいないと知っているが、なんとなく周りを見回してしまう。
周りに廻らせていた視線がトラの青色とぶつかった。

「……浴衣、色っぽいじゃん」
「っ……」

途端に顔に熱が集まる私をどこか満足そうに見るトラ。
そのからかうような視線に小さく睨んで返す私をかまうこと無く、彼は楽しげに笑っている。

(もう……)

そう思いながらも、二人の間に流れる穏やかな空気が嬉しくて。
緩む口元を抑えながら、私は彼に手を引かれるまま大人しく歩いた。


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