むーかちん誕プレ | ナノ


仄明るい部屋に少しだけ沈黙が流れて。
私の手に添えられていた彼の手が不意に握り直される。

「ふたりの話しをしようか。」

にこ、と笑ってそう言った央。
そうだなー、と僅かに考え込んでから私に問う。

「初めてキスした日、覚えてる?」
「え?キ、キス……??」
「うん、キス。覚えてる?」

何の前触れもなく始まった思い出話。
一瞬央の言葉の意図が飲み込めなかったけれど、すぐに私の緊張を解そうとしてくれるのだと分かった。
唐突で分かりづらい、いつも通りの彼らしい優しさに少しだけ胸の中が軽くなる。

「……もちろん覚えてるわ。」

投げかれられた質問に私はゆっくりと、しかし迷わず答えた。

央と恋人同士になって初めてふたりきりで行った花火大会。
彼が取ってくれた赤い水風船を手のひらで弄ばせながら、履き慣れない下駄で歩いた夜道。
前日まで降っていた雨でちょっと蒸し暑くて、もうすっかり日は落ちているのに蝉が鳴いていて。
楽しかったね、見上げた私に彼が触れるみたいなキスをしたのは高校一年生の夏だった。
一斉に鳴く蝉よりも大きく響いていた私の心音を、今でもはっきりと覚えている。

「あの時むーかちゃんちょっと怒ってたよね。」
「だ、だって突然だったし、誰もいなかったとはいってもあんな道端で……!」
「あはは、まだ怒ってる。」
「っ、もう……。」

悪びれもなく無邪気に笑う央に、溜め息を吐きながら私も笑った。

「じゃあー、初めてのデートは?」
「それって恋人になってから?それともなる前?」
「ええと、なる前で。」
「ということは……、駅前のホテルのスイーツ食べ放題ね。」
「そうそう、僕あんなにお腹いっぱい食べたの初めてだった!苦しかったなー……。」
「ふふ、私もあんなにケーキ食べたの初めてだったわ。けど、やっぱり央の作るスイーツの方が好きだなって思った記憶があるのよね。」
「……うん。それ、あの時も言ってくれたよね。……凄く嬉しかった。」

そう言った央が酷く柔らかい瞳で私を見るから高鳴ってしまう心臓。
あの頃の彼はそんな風に感じていてくれたのだと初めて知る。

「……付き合ってからの初デートは水族館だったわ。」
「その日雨降っちゃって寒くてさー。イルカショー見てる時ふたりともガタガタ震えてたよね。」
「央ったら水槽見る度に、旬は何月だとかあの魚はこういう調理法が一番美味しいとか言って……。綺麗なお魚なのに、つい私までそんな視点で見ちゃうようになって困ったのよ?」
「むーかちゃん、あれから暫くお刺身食べたいーって言ってたもんね。」

初めて家に遊びに行った時のこと。
初めてお互いの両親と会った時のこと。
初めて手を繋いだ時のこと。
初めて喧嘩した時のこと。
初めて仲直りをした時のこと。

クスクスと笑い合って、時々相違する見解に軽い言い合いをして。
【初めて】の思い出を振り返りながら、そんな柔らかい時間が過ぎる。


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