2011,11,13妄想【円とドライブ】
温泉旅行からの帰り道、円の運転する車の助手席で私は睡魔と戦っていた。
「撫子さん、眠たいなら寝ていいですよ。」
「う、...いいえ、起きてるわ。円だって一人じゃ眠くなってしまうかもしれないもの。助手席の私がしっかりしてなきゃ。」
「もう半分寝てたじゃないですか。ぼくは大丈夫ですから休んでいいですよ。ただでさえ昨日は寝不足でしょ?ちょっと無理させちゃいましたからね。」
「...そういうことを言わないで。」
じろりと隣を睨んでも、円は気にした様子もなくくつくつと喉を鳴らして笑っているだけ。
「私が眠たくならないように円が何か話してちょうだい。」
悔しくて恥ずかしくて、ちょっとだけ無理を言う。
「何かって...突然振られても困るんですけど。」
そう言ってしばらく考え込んだ円が、あぁそういえば、と話を始めた。
「今月の終わりに英の創立記念パーティーがあるんですが、招待状届きました?」
「ええ、HANABUSAのケーキをたくさん食べられるから待ち遠しいわ。」
「あなたのご両親も招待してありますからそこで婚約の了承をもらおうと思ってます。パーティーでは央の新作も公開されるそうなので皆さん楽しめると思いますよ。」
「ふぅん.......って、ええ!?」
いつも通りの抑揚の無いテンションで放たれた言葉に、一瞬反応が遅れてしまった。
「こ、婚約って言った??誰と誰が??」
「あなたのご両親なんですからぼくと撫子さんに決まってんでしょう。」
「ぼっ、だっ!ええ!?」
取り乱すとは正にこのこと。
あまりに予想外の話に全く頭がついていかない。
「何ですか、随分慌ててますね。」
「っ当たり前じゃない!大体私、円からプ、プロポーズされた記憶が無いんだけど!?」
「しましたよ、忘れたんですか酷い人ですね。純心なぼくを惑わせた責任とってくれるって言ったじゃないですか、あなた。」
「...あれ、プロポーズなの......?」
思わずがっくりと肩を落としてしまう。
円に甘い台詞を求めること自体が間違いだとは思うけれど、もう少しはっきりとした言葉があっていいものじゃないだろうか。
「嫌なんですか?」
「嫌とかじゃなくて......はぁ...。もういいわ。」
不満はあっても、円とそうなれるのならやっぱり素直に嬉しい。
ロマンチックの欠片も無いけれど、私たちらしいと言えばそうなのかもしれないと思った。
「拗ねちゃいました?冗談ですよ、ちゃんと考えてありますから安心してください。」
「...え......?」
ふっとどこか優しげな笑みを浮かべた円に、思わず目を奪われる。
そしてすぐに悪戯っ子みたいな笑顔になって。
「帰ってからのお楽しみ、です。」
「............。」
ドキドキと存在を主張する心臓がうるさい。
顔に熱が籠って火が着いたように熱い。
とりあえず、私の中の睡魔は跡形も無く消え去っていた。
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