2012,3,14妄想【whiteday記念妄想 CZ政府で円落ち】
3月14日、早朝。
突然かかった召集令。
無機質なドアの前で一度足を止めたCZ政府幹部のポジションビショップ。
ここへ来るまでの短い間に何度吐いたか分からない溜め息が零れる。
嫌な予感しかしなかった。
「貰えなかったんだ…撫子から、バレンタインのチョコレート………。」
この世の終わりかと思わせる程に重々しく放たれた王様の言葉。
有能な二人の部下と一匹は顔を見合わせる。
的確な突っ込みを入れたのはそのうちの一匹だった。
「バレンタインって一ヶ月前じゃねーか。お前大丈夫か?」
「カエルくん、シーッ。それだけショックが大きかったってことですよ。」
「……もしかしたらって、もしかしたらなかなか渡せないでいるんじゃないかって今まで待ってたんだ…。」
「待ち過ぎです。」
机にのの字を書いて落ち込むこの世界の王様。
愚痴を聞く為にわざわざ呼び出されたのかと思うと苛立つビショップだったが、今はとにかく一刻も早くこの場を去りたかった。
「用件がそれだけならもう退室してもいいですか?仕事がありますので。」
「そうですねー、ぶっちゃけ僕らには関係無い話ですからねー。」
「ま、来年に期待すんだな。」
やれやれと踵を返そうとして、待って、と静かな声が響く。
「撫子がチョコあげた相手、知らない?」
ビショップの脈がドクン、と大きく波打った。
「えー、あなたにあげてないなら誰にもあげてないんじゃないですかー?」
「いいや、先月撫子は世話役の女性研究員にチョコの材料を頼んでるんだ。内容から恐らくトリュフ、だと思う。」
「それはそれはー、なんというか流石あなたと言うべきか…。」
「怖ぇよなー、ほんとに。」
「……………。」
食べたかったトリュフ、そう言ってまた項垂れるキング。
「誰が貰ったんだと思う…?」
「さぁー、そんなに気になるなら一人一人聞いてみたらどうですー?」
「そ、そんな気持ち悪いことできないよ。」
「既にじゅーぶん気持ち悪いけどな。」
放っておいたらいつまでも続きそうな言葉の応酬。
密かにうんざりしていたビショップを、ふいにキングの視線が捕らえた。
「ねぇ円、さっきから随分静かだけど…もしかして何か知ってる?」
「…………………。」
向けられた笑顔と、柔らかくて優しい声。
円、と呼ばれた名前がやたら冷たく聞こえる。
「おやおやー?もしかしてビショップ、彼女からチョコ貰ったんですか??」
「……ええ、貰いましたよ。」
疚しいことなど無い。
隠す必要など無い。
そう判断したビショップは、いつも通りの飄々とした態度で言い切った。
「……………………そっか。」
長過ぎる沈黙の後、ぽつりと王様が呟いた。
今まで史上一番気まずい空気が流れる部屋のなか、ルークだけがどこか楽しそうな笑みを浮かべていた。
「あなたどういうつもりですか、ぼくに何か恨みでもあるんですか?」
「………本当にいつも唐突ね。」
シュ、と扉が開いたと思えば矢継ぎ早に責め立てれる撫子。
女性の部屋にノックもせずに失礼な、なんて文句はもう言い飽きていた。
小さく息を吐いて、撫子は飲んでいた紅茶のカップを置く。
薄い水色のそれはカチャリと静かな音を立てた。
「何なの?何の話し?」
「何の話しじゃありません、撫子さんあなたキングにバレンタインチョコあげなかったんですか、何考えてるんですか?」
「……別に、そんなの私の勝手でしょう?」
「あの人の気持ちは知ってる筈ですよね、なのにぼくだけにチョコを渡すなんてどんな嫌がらせですか?」
「………っ。」
ビショップの言葉に撫子の表情が固まった。
彼女の些細な変化に、彼も思わず言葉を飲み込む。
何故そんな顔をするのか。
まるで傷付いたみたいな。
『気付いてはいけない。』
ビショップの頭の中で警報が鳴った。
一瞬辛そうに眉を潜めた撫子は、すぐに普段通りの表情に戻ってビショップに向き合う。
「円って本当に性格悪いわね。ひとの好意を素直に喜べないなんて悲しいことよ。」
「……好意なんですか?」
「っ、そんなわけないでしょ!?…嫌がらせよ。」
顔を赤らめて唇を尖らせる姿に、体の内側がざわつく。
『気付いてはいけない。』
『気付いてはいけない。』
「……気に入るか、分かりませんが。」
「?…なぁに?」
上着のポケットから無造作に取り出された淡い色のビーズ細工。
部屋の暗い蛍光灯の下でも、彼が撫子の前にかざしたそれはキラキラと光を反射させていた。
「これ、栞……。」
「あなた本読むくらいしかやること無いですからね。必要かと思いまして作りました。」
「え、円の手作り?円が作ってくれたの??」
「そうですけど、何か文句ありますか?」
「もっ、文句なんて言ってないでしょう??」
途端に頬を緩ませて、目の縁をうっすら桃色に染めて、撫子はありがとう、と小さく呟いた。
囁くみたいな声が耳を擽って、また鳴る警報。
この世界の王様の想い人。
キングが全てを壊してでも欲したお姫様。
嬉しそうに栞を見つめる撫子の髪の毛に、ビショップの長い指が触れる。
ビクッ、と細い肩が揺れて、翡翠色の瞳が彼に真っ直ぐ向けられた。
『気付いてはいけない。』
さらりと滑る指先は頬に。
唇に。
『気付いてはいけない。』
『気付いてはいけない。』
至極自然に伏せられた翡翠色。
『気付いてはいけない。』
『気付いてはいけない。』
『気付いてはいけない。』
鳴り響く警報が遠退いて、目を閉じる寸前、唇が重なる寸前。
彼の脳裏に浮かんだのは、捉え所の無い先輩の笑みだった。
気付いた時にはもう遅い。
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