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2012,2,21妄想【寅撫メイドパロ準備運動】


囚われたのは。

欲したのは。

愛したのは。

どちらだったのだろうか。



「寅之助様、おはようございます。」
「……………。」
「…寅之助様。」
「……………。」

襖越しに呼び掛けても、向こう側からは何の反応も返って来ない。
思わず小さな溜め息が零れる。

(まぁ、毎朝のことよね……。)

失礼します、と少し大きな声をかけて襖を開ければ、目に入った光景もまた毎朝のことだった。

畳の上、布団も敷かずに押し入れから引っ張り出した毛布にくるまって。
そこからチラリと覗く赤髪が、通り抜けた風でふわりと揺れた。

「またこんな格好で…、寅之助様、風邪をひいてしまいます。」

縮こまる肩にそっと手を乗せると、んん、と低く唸る声が届く。
しかし大きな塊は動くことなく、また規則的な呼吸を始めてしまった。

今度はさっきよりも力を入れて肩を揺すってみる。

「寅之助様、そろそろ起きーーっっ!!」

突然視界がぐるんと回った。
彼の肩に置かれていた筈の手は冷えた畳に付いていて。
それを認識した時にはもう金色の瞳が目の前にあった。

私を組敷いて見下ろす彼と真っ直ぐ見合って、にっこりと笑みを作る。

「おはようございます、寅之助様。」
「………………。」

暫く無言で私を見つめていた彼は、チッと小さく舌打ちをしてつまらなそうに体を起こした。

「…つまんねぇ女だな、お嬢。」

派遣の家政婦である私を、彼は『お嬢』と呼ぶ。
お嬢様みたいに気位が高いからだと彼は言うけれど、たぶん私に嫌がらせをしたいだけなのだと思う。

「寅之助様にいちいち付き合っていたら仕事が終わりませんので。」

カチ、と音がしそうな営業スマイルを張り付けて言えば、彼は可笑しそうに喉を鳴らした。

「朝食はどうなさいますか?」
「風呂入ってから食う。」
「ではタオルと着替えをお出ししておきます。」
「今日たぶん遅くなっから夜はメシいらねぇ。あと部屋片しといて。」
「分かりました。」

こんな風に自然なやりとりができるようになったのも、ごく最近のこと。
ここへ派遣されてすぐの頃は彼とまともに話すことすらできなかった。

別に無視されるとか暴言を吐かれるとか、そんな理由では無くて、ただ彼はこの家にあまり帰って来なかったから。

「あ、そういやお嬢。お前甘いもん好きだったよな?」
「え、ええ……。」

何の脈略もない質問につい普通に答えてしまう。
そんな私を見て満足そうに目を細めた彼は、テーブルの上に置かれた袋を指差した。

「それ、もらいもんだけどお前にやるよ。なるべく早く帰っから、寂しくなったら食べて待ってな。」

からかうような口調でそう言って、軽い仕草で私の頭を撫でて。
ほんの少し触れられただけなのに、先程組敷かれた時よりも大きく心臓が跳ねた。

部屋を出ていく彼を見送ってから、そっと紙袋の中身を覗いてみる。
入っていたのは、パステルカラーが可愛らしいマカロンだった。

「………寅之助様とマカロン…。」

ぽつりと口に出してみて、その不似合いな組み合わせに笑ってしまう。

彼のちょっとした気遣いが。
気紛れな優しさが
嬉しくて、そして切ない。

きゅっ、と狭くなる胸を抑えて頭を振った。

(しっかりしなきゃ……。)

囚われてはいけない。

欲してはいけない。

愛しては………。


言い聞かせるようにして、零れたのは自嘲の笑み。

そんなことを思っている時点で、もう何もかもが遅かったから。




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