2012,2,7妄想【円撫で萌えエプロン】
「あなた、ぼくをおちょくってるんですか?」
私をバイト先まで迎えにきた円の第一声はそんなふうで。
近くに座っているお客さんの視線を集める。
「い、いきなり何なの?」
「それはこっちのセリフです。何なんですかその格好。」
ぐ、と体を寄せた円が、私の肩にかかるフリルのついた白いリボンを引っ張った。
間近で私を見下ろす彼は、全身で不機嫌さを表している。
「何って、バレンタイン期間中の衣装だけど…。ちょ、近い。」
通常は白のシャツに黒のパンツとバリスタエプロンという、所謂カフェスタイルの制服。
しかし2月1〜14日までのバレンタイン期間は、白いエプロンドレスを着用することになっていた。
「そんな格好するなんてぼく聞いてないんですけど。」
「私だって今日来て初めて知ったのよ。それより、まだバイト中なんだから後にして!」
「………………。」
小声で言い放つと、彼の不機嫌さが更に増した。
(どうしてそんなに怒ってるのよ!)
彼がなぜ不機嫌なのかもいまいち分からず、どう対応すべきなのかを必死で考える。
もう少し時間が欲しい、そんな時に限ってそううまくはいかないもので。
「九楼さん、もう上がっていいよー。」
カウンターの中から響いた店長の声。
円がそれを聞き逃すわけもなく。
「ほら撫子さん、上がっていいそうですよ。」
「きゃっ、ちょっと、引っ張らないでよ!」
私の手からトレイを取り上げて、そのまま掴まれた腕が少しだけ強引に引かれる。
Staff Onlyと書かれた部屋に何の迷いも無く入った円は、私をロッカーに押し付けるようにした。
「な、何よ……。」
「…………………。」
どんな罵倒が飛んでくるのかと身構えたが、彼は私をじっ、と見下ろすだけ。
あまりにも真っ直ぐ注がれる視線に、目を反らしたい衝動にかられた。
でもそれは悔しいから私もじっ、と見つめ返す。
「……あなた可愛いんですよ。だから腹が立ちます。」
「………………え?」
今、本当に円が喋ったのだろうか。
意外過ぎる彼の言葉に思考が停止した。
「こんなエプロンして…、ただでさえ心配だっていうのに。撫子さん、あなたぼくの胃に穴を開ける気ですか?」
「………っ…。」
どこか甘えるみたいな声で、円が私の肩に小さくキスを落とす。
それは服越しだというのに、私の体は敏感にその刺激を拾ってぴくりと跳ねてしまう。
「まど、か……。人が、来るわ……。」
「ええ…。」
優しい口付けは白いエプロンをなぞるように。
肩に、鎖骨に、胸元に。
ぞくりと背筋が痺れて、何も考えられなくなりそうで。
懸命に彼の胸を押す腕も、弱々しくて何の意味も成さない。
「ふ、……ん…っ……。」
いつの間にか唇が重なっていたことに、息が苦しくなって初めて気付いた。
舌の付け根を擽られて、先端を軽く吸われて。
大好きな、彼のキス。
ゆっくりと離れて行く唇。
生理的に浮かんだ涙で、視界はぼんやりと歪んで見える。
「…帰ったら、それ着てシてくれますよね?」
「…………………え?」
ふ、と意地悪そうに微笑んだ円の言葉。
若干予想通りで溜め息が出る。
嫌よ、そう言う私に、期待してますから、と的外れな答え。
憎たらしいけれど、それ以上に愛しいと思ってしまうから困ったものだ。
上目使いに睨めば、そこには酷く満足そうな彼の笑顔。
可愛いから腹が立つ。
その意味を心底理解した。
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