茜色と灰色が混じり合った、もう見慣れたこの世界の空の下。
瓦礫に腰を下ろすやはり見慣れた後姿が、何だか小さく頼りなく見えた。
「円………。」
そっと近づいて名前を呼べば、白いファーを纏う肩がぴくりと揺れる。
私がいることに気付かなかったのだろう、こんな無防備な円は珍しい。
たぶん考え事をしていたせいで、それはきっと私のことなのだと分かっていた。
「何か用ですか。」
可愛くない言い方。
拗ねているからだって知ってるから、何だか可笑しくて口角が緩んだ。
円の問いかけを無視して彼の隣に並んで座る。
ぴたりと寄り添うように肩をくっつければ、僅かに円が身じろいだ。
「…何ですか一体…。」
戸惑う円をそっと見上げて、私は深く息を吸う。
両手を伸ばして、胸元のもふもふをぐっと引き寄せて。
「―――っ!!」
キスというにはあまりにも拙すぎる、私の精一杯。
見開かれた薄紫の瞳が、ぶつかりそうな距離で私を捕えた。
「…こんなキスでも、ドキドキしてしまうの。」
「撫子、さん……。」
震える声を絞り出して。
「嫌なんじゃないわ、絶対に。ただ心臓が壊れてしまいそうで……。」
「…………。」
「円はいつも普通なのに、私ばかりいつまでたってもこんなふうだから…。」
私は必死に想いを伝える。
不器用で、稚拙で、酷く不格好な想いを。
「…普通、ですか…?」
「え…?」
ぽつり、とそう呟いた円。
円の上着を強く握りしめたまま細かく震える私の手を、彼の手が優しく解くように取る。
導かれるままそっと円の左胸に手を添えて、感じる鼓動に心の奥が震えた。
円の心臓は、私のそれと全く同じ速度で脈を刻んでいて。
自分も同じなのだと言葉無く伝えてくれる円が愛しい。
堪らなくなって顔を上げれば、引き合うみたいに近づく透き通った紫の瞳。
ほんの一瞬だけ触れ合う小さな、小さな口付け。
唇を離した円がどこか困ったように眉尻を下げて、ふ、と柔らかく笑った。
「…あなたとのキスに、慣れることなんて一生無いです。」
吐息がかかる近さでそう囁いた円の唇が、もう一度重なる。
今度はさっきよりも少しだけ長く。
「……撫子さん。」
「…ん……。」
耳に届く声が心地よくて、唇に伝わる熱に満たされて。
いつもみたいに焦るような気持ちは無い。
合わさる箇所から混ざるのはお互いの、好き、なのだと実感する。
もっと近くに。もっと傍で。
逸る気持ちに従うように、そっと舌で円の唇をなぞれば、誘うように柔らかく開いた唇が私の舌を受け入れた。
呼吸が合わさって、気持ちが重なって。
今までしてきたどんなキスとも違う、お互いが溶け合ってしまうようなキス。
びりり、と背筋に走った甘い電流に涙が込み上げた。
ふわふわとした感覚に身を任せながら思う。
これまで私は、彼にキスをされているのだと認識していた。
一方的に翻弄されている気がして、とても恥ずかしかった。
けれどそれは違うのだと、初めて心から理解する。
与えて、与えられて。
受け入れて、受け入れられて。
キスは、交わすものだった。
ふたりで。
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