円とキス | ナノ


「……また喧嘩してるわけ、君たちは…。」

三人で食べるいつも通りの朝食。
ひと言も話さない私と円に、央が呆れたように言った。

「別に喧嘩なんてしてません。」
「いや、絶対嘘でしょ。何だか分からないけど早く仲直りしなよ、二人とも。」
「…………。」

仲直りといっても、円の言うように明確に喧嘩をしているわけでは無い分難しい。
私が謝るのも、円が謝るのも違和感がある。

円とキスがしたくないわけじゃない。
けれど私はいつも円を突っぱねるような態度をとってしまう。

もやもやと渦巻くこの気持ちは、一体どこから来ているのだろうか。

自分でもよく分からない感情を持て余していた。




「うーん、なるほどね…。それであんな雰囲気だったんだ。」
「…円の言い方も酷いとは思うけれど、私の言い方も悪かったのよね…。」

円が偵察に出かけた後、央に事情を話して相談を持ちかけた。
こんなことを央に話すのはもの凄く恥ずかしいけれど、こんなことを相談できるのも央しかいないのが事実だ。

「撫子ちゃん、円と付き合ってどれくらい経つっけ?」
「え…?ええと、半年くらいかしら…。」

CZ政府から円が私を連れ出してくれてから半年。
恋人という関係になってからも同じだけの時間が経つ。
半年ねー、そう誰にともなく呟いた央が少しだけ大袈裟に溜息を吐いた。

「あいつは本当に素直じゃないけどさ、よく我慢してるとは思うよ。」

央の言葉は私にとってとても意外なもので、思わず目を瞬かせる。
だって私は円が我慢しているだなんて考えたことが無かったから。
それどころか言動も行動も、いつも好き勝手しているように感じる。

振り回されているのは私ばかりだと思っていたのに。

(私が、悪いの……?)

投げかけられた言葉の意味をうまく消化できず、俯いてしまった私を見て央が少し焦ったように言う。

「ああ、ごめん!別に君が気にすることじゃないからね??ただ、同じ男としての意見というか…。」
「男としての意見…?」
「うん。…ねぇ、撫子ちゃんは円とキスするのが嫌?」

どうして円と同じことを聞くのだろう。
好き合っているのだからそんなの答えは決まっているのに。

「……嫌じゃないわ、もちろん。」

声は小さいながらにはっきりと主張した。

「じゃあ円とキスするのが怖い?」
「…怖い、わけでも無いと思う。ただ……。」
「ただ?」
「…っ恥ずかしいの。円とその、深いキスをしていると何だか自分が自分じゃ無くなってしまうみたいな気がして…。体がビリビリして力が入らなくなるし、なのにいつも円は涼しい顔して……とにかく恥ずかしいのよ…!」

勢いに任せて一気に言い募る。
言葉にしてみると、自分の悩みがとても単純なことだと分かった。

私はただ、キスに夢中になってしまうのが自分だけだということが不満なんだ。

ふと我に返り、自分の発言の内容に今更羞恥心がこみ上げる。
体温の上がった頬を押さえながら央を恐る恐る窺った。

すると彼は口元を手で隠して、何故かそっぽを向いていて。
その顔は心なしか赤いように見えた。

「……央?」
「いや、うん…。改めて円はよく頑張ってるな、と思ったよ。」
「今の話の流れからどうしてそうなるのよ…。」

はは、と乾いた笑いを零した央が私の頭を軽く撫でる。
兄妹のいない私には、時々見せる央のこんな行動が凄く照れくさい。

「まあ、とりあえず今の気持ちを円にぶつけてみたらいいんじゃない?君らの喧嘩の原因はいつも言葉足らずなだけだからね。」
「………それがうまく言えないから困ってるのだけど。」
「じゃあ行動してみたら?ってそのほうが難しいか。」
「行動って…。」

央の言葉の意味を想像して、収まっていた熱がまた顔へと戻る。
行動で気持ちを伝えるなんて、言葉で伝えるよりずっと勇気がいることだ。

「あいつ、怒ってるわけじゃないと思うんだ。怒っているというよりたぶん…。」
「ええ、分かってるわ…。」

あの時一瞬だけ見せた円の傷ついた瞳が頭を過ぎって、ズキ、と小さく痛んだ胸。

「…伝えてあげてよ、円に。」

そう言って央が優しく笑った。
その笑顔は温かい、お兄ちゃんの笑顔だった。


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