マスター様 | ナノ


冴えない喫茶店とコンビニくらいしか無い小さな駅。
バス停の端で俺を待つお嬢の姿を見るのは、今日で何度目になるのだろう。
安っぽいコンビニの袋を持っていたって、姿勢良く立つその姿はどこか品があった。

「よお、待ったか?」
「ううん、大丈夫。」

柔らかく微笑まれれば、いつもその体を掻き抱きたい衝動に駆られてしまう。
何年経ってもこいつに対する感情は変わらなくて、自分でも可笑しかった。

「行くか。」
「え………。」

コンビニの袋を細い手から奪って、その手を握って引く。
普段手を繋ぐことなんて無いからだろう、お嬢は目を見開いて驚いて、そして恥ずかしそうに俯いた。


アパートまで五分足らず。
閑静な住宅街を二人、ゆっくりと歩く。

半歩程俺の後ろを歩くお嬢に視線をやれば、少しだけ顔を赤くして、どこか嬉しそうに口元を緩ませていた。

「……何かいつもと雰囲気違くねぇ?」
「え、…そう、かしら?」
「そんなビラビラした服、初めて見た。」
「ビラビラって…。だって珍しくトラがお祝いしようなんて言ってくれたから、そりゃ少しくらいお洒落するわよ。」

そう言って膨れる頬とますます赤くなった顔。
腹の奥から何かが込み上げて、もう堪らなかった。

「と、ら…?…ンッ……!」

ぐっ、と華奢な腕を引いて、顎を掴んでオレの名前を呼んだ唇を塞ぐ。
揺れた髪の毛からふわりと花みたいな甘い匂いがした。

「っはぁ………、急に何??ここ道の真ん中なのよ!?」
「関係ねー。マスター、誕生日おめでとう。」
「なっ………え……?」

数度瞬きを繰り返したお嬢。
隙だらけの唇に素早く口付ければ、茹でダコのように顔を真っ赤にした。

「……何で、こんな所で…。」
「オレが一番に言いたかったんだよ。」
「………?」

意味が分からないといった表情で首を傾げた、その頭を軽く撫でる。
途端に大人しくなったお嬢の手を再び引いて歩く、アパートまでの短い道のり。

帰ったらまたあの馬鹿騒ぎが待っている。
たぶんこいつはすげぇ驚いて、そして心底喜ぶのだろう。
あいつらとの絆を大事に思っているこいつだから。

正直腹は立つけれど、まぁ、こいつの喜ぶ顔が見れるなら我慢してやろうとも思うんだ。

「トラ…?」
「ちょっと遠回りして帰ろうぜ。」

それでもやっぱりお前を独り占めしていたいから。

夕暮れに伸びる陰を追って。
ろくに会話も無い、二人きりの穏やかな時間。

あと、もう暫く。
お前とこうして歩いていたかった。




→御礼と後書き





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