トーマ短編改造計画 | ナノ

傍にいてなんて言えないから


甘い香り。
紅茶、じゃないな。ベリー系のハーブティーか。

狭いワンルームの部屋の中は、すぐに甘酸っぱい香りで満たされる。

「トーマ、クッキー食べる?」
「ああ、ありがとう。」

何がそんなに嬉しいのか、鼻歌混じりにキッチンに立つマイ。
昔から見慣れた後姿だけれど、いつ見ても、いつまで見ていても飽きない。

こうしてずっとこのまま近くで見ていたい。
俺にとって何よりも大切で、誰よりも愛おしい存在。
こんな俺の気持ちは決して口にはできないけれど、俺はそれで良かった。

俺はマイの兄貴。

恋人みたいな甘い関係でなくても、こいつに一番近いのは俺だから。
抱きしめることはできなくても、こいつが一番に頼るのは俺だから。
好きだなんて決して言えないけれど、俺はそれで良かったんだ。


はい、どーぞ。そう言って俺の隣にちょこんと座るマイの頭を撫でてやる。
ちょっと不服そうにしながらも、抵抗しないのは本当に嫌ではないからだろう。

少しだけ赤く染まる頬が、俺の心を静かに揺らす。

きっとこいつは、今更俺を兄貴以上になんて思えない。
でもマイのこんな表情を見てしまうと、淡い期待が胸を過ぎるんだ。


自分の気持ちを誤魔化すように、出されたクッキーを一口齧る。

「あ、うまい……。」

口に広がる柔らかなバターの香りに思わず呟くと、マイはぱぁっと表情を明るくした。

「でしょう??それね、シンが買ってきてくれたんだよ。」


ひゅっと感情が冷えた。


おまえ、自分が今どんな顔してるか自覚ある?
どんな顔してシンのこと話してるか分かってる?

マイ、おまえはどうして俺の傍から離れて行くの?


俺の中にはいつも隣り合わせの感情があって、それを隔てている壁は酷く薄い。

おまえを全ての物から守りたい。
おまえが幸せに笑っていればそれでいいから。

おまえの全てを俺の物にしたい。
おまえの幸せそうな笑顔は、いつでも俺に向けていて欲しい。

その二つの感情が混ざり合ってしまった時、この穏やかな関係は終わってしまう。
俺はおまえの兄貴でいられなくなってしまう。


だから俺は、いつも必死に自分の感情と戦ってるんだ。


「シンって基本無愛想で可愛くないけど、たまーに優しいことしてくれるんだよね。
 この間も突然のど飴くれたりして…―――。」

俺の表情の変化なんかに気付くこともせず、マイはシンの話を続ける。

ねぇ、マイ。
今俺がおまえの腕を取って、力いっぱい抱きしめて、そのままその小さな体を組み敷いて、あいつの話を楽しそうにするその桜色の唇を奪ってしまえば、
そうすればおまえはシンのことを考えなくなるのかな。
俺のことで、頭がいっぱいになるのかな。

嫌われるだろうけど構わない。
幼馴染でも兄貴でも何でもいい。



マイ。
俺を見てよ……。




限界。

おまえの全部が欲しい。


俺の意思なのか、それとも無意識なのか、
自分の手がマイの顔へゆっくりと伸びて行くのを、どこかぼんやりした視界の中に捕らえていた。


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