まるで内側から強く叩かれているみたいに心臓が激しい音を立てる。
あまり接し過ぎたらその振動が伝わってしまいそうで、触れるか触れないかの距離を必死に保った。
しっとりとした感触に頭が痺れ、甘い熱に浮かされていく。
もう少しだけ、あとちょっとだけ近くに。
そんな衝動を堪えきれずに、薄く開いた唇の隙間を舌でゆっくりとなぞる。
腰の辺りがビリビリと疼いて、これ以上は危険だとまたそっと離れようとした。
途端、力無く投げ出されていた筈の彼女の腕が僕の首に回る。
心臓が飛び出る程に驚いたのも束の間、離れかけていた唇が、今度は深く重なった。
「……っ!?」
何が起こったのか理解できなくて、柔らかな感覚だけが意識を支配する。
目を閉じることさえしないまま、近すぎてぼやける視界の中に映るのはぎゅっと目を瞑ったマイの顔だけ。
いつから起きてたのとか、突然どうしたのとかグルグル頭を巡った文字も、遠慮がちに伸ばされた小さな舌に触れた瞬間何処かへ飛んで消えた。
さっきまで手が出せないなんて悩んでいたのは何だったのか。
結局君に触れたくて触れたくて仕方が無かった僕は、夢中で唇を合わせた。
息継ぎさえも煩わしくて、時折漏れるマイの吐息すら全てをも飲み込んでしまいたくて、
奥へ、奥へと入り込む。
このままもっと、もっと君へ近づきたい。
首の後ろを抱えるようにしていた手が、彼女の首筋を辿って柔らかな膨らみへと降りた。
「んっ!!」
ビクッと大きく揺れた体に驚いて我に返った僕は、弾かれたように彼女から離れる。
息を荒げるマイの唇は腫れたみたいに赤くなっていて、目には涙が溜まっていた。
その姿があまりに痛々しく見えて、罪悪感から胸がズキンと痛む。
大きな瞳で僕を見上げるマイの視線に、タガが外れた自分自身を恥じた。
「ご、ごめん。」
「ごめんなさい!!」
放たれた言葉は同時だった。
真っ赤な顔で、目尻に涙を貯えて、必死な表情で頭を下げた君。
マイが謝る理由なんてひとつも無いからこそ、余計に自分が情けなく感じる。
君を気遣えずに己の感情に任せてしまったのは僕なのに。
悪いのは僕なのに。何故か傷ついている自分がいる。
(受け入れられないことを謝って欲しくないんだよ。)
なんて、身勝手に傷ついた僕自身に酷く嫌気が指す。
「私、慣れて無くて、…その、初めてですし。緊張しちゃって……。」
女の子に気を使わせるなんて最低だ。
こんな時はどうやって笑ったらいいんだろう。貼り付けたみたいな笑顔が強張る。
「……いや、僕こそごめんね?怖がらせちゃって、本当にごめん。」
今までどうやって笑っていたっけ?
「違うんですっ!怖くなんてないんです!だって、さ、さ、誘ったのは私ですから。
ただ緊張しただけで……あぁ、もうっ!!!」
「え、え…?」
耐え切れなくなったように両手で顔を覆って俯いてしまう彼女。
顔が見えなくても耳まで真っ赤だった。
少しの間状況を飲み込むのに時間を要して、そして理解する。
落ちていた気分はいとも簡単に浮上して、ふつふつと湧き上がる高揚感。
頬が緩む。彼女につられて顔に熱が集まる。
今僕はすごく間抜けな顔をしていると思う。
すごく間抜けで、世界中の誰よりも幸せな顔をしていると思った。
つまりこういうこと?
「マイ…、キスしていい?」
「……して、ください。」
つまりそういうこと?
「マイ…、君を抱いてもいい?」
「…………………抱いて、ください…。」
手が出せないなんて悩んでみて本当に良かった。
こんなに可愛い君が見られるだなんて夢にも思わなかったから。
好きになれば好きになるほど、大切にすれば大切にするほど、
大きくなる期待と不安に臆病になるけれど。
恋愛って二人でするものなんだってことを、君はいつも気付かせてくれる。
制限時間の無い恋愛。
歩く歩幅は見えないけれど。
君と僕はいつだって同じ道を歩いている。
(それでもやっぱり、君に触れるのは緊張するな。)
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