Trick and treat
ピンポーン。
軽やかな音を立てて鳴る玄関のチャイム。
ちょっとだけ調子のずれた音が鳴り始めてすぐに、部屋の中からパタパタとドアへ近づいてくる足音が聞こえた。
「いらっしゃ―――」
「Trick or treat?」
「はい、どうぞ。」
「…………。」
目の前に出された何だか赤い物体は、近すぎて焦点が合わない。
2,3度瞬きをしながら一歩下がれば、差し出されていたのは真っ赤な包みの棒付きキャンディだった。
「……何だよこれ。」
「何って、ハロウィンのお菓子だよ?ほら、どうぞどうぞ。」
いやどうぞじゃないだろ、おかしいだろ。
何でそんなに用意がいいんだよ。
近所のガキが来たわけじゃないんだから、何で間髪いれずにアメ?
。
お菓子をくれないなら悪戯してやる、なんてベタな展開を想定していたというのに。
予想外の展開に無言で佇んでいれば、マイはオレの顔の前でその赤い飴をフラフラと左右に揺らす。
(むかつく。)
パシッと飴を受け取ってじろりと睨みつけると、マイはオレを見て意味深な笑みを浮かべた。
「……何?」
「ふふふ。今年は勝ったな、と思って。」
「はぁ?」
オレが怪訝な目を向けるのも構わずに、いかにも「してやったり」という表情をするマイ。
上目遣いに覗き込まれて悪戯っ子みたいな笑顔を作るこいつは、癪だけど可愛い。
「だって、毎年意地悪されるんだもん。
今年こそはと思っていっぱいお菓子用意しておいたんだー。
どうぞー、中にもたくさんお菓子あるよ?」
「…………。」
こいつにとって意地悪ってどういうことを指すのだろうかと考えてしまう。
意地悪じゃなくて悪戯なんだけど。
そう頭の中で異議を申し立てつつ、いつまでも得意気に笑うマイをじっと見る。
こんなことでここまで勝ち誇ったようにはしゃぐマイが可愛くて仕方ない。
これで悪戯するなって言うのは無理な話だろう。
手のひらで転がしていた飴の包みをペリペリと剥がす。
赤い包装を解いた中にはもっと鮮やかな赤。
宝石を思わせるその透明な赤が、キラリと太陽の光に反射した。
「今アメ食べちゃうの?中にももっとお菓子あるよ?」
子供みたい、とクスクス笑う声を無視してそのまま飴をマイの口元に持っていく。
きょとんと目を丸くする薄桃色の唇に当たる赤い飴玉。
「え、ちょ…、それはシンに―――あ、むっ…!」
ちょっと強引にそれを押し入れば、マイは驚いて目を見開いた。
身を捩るようにして逃げる腰を引き寄せる。
最初だけ軽い抵抗をしたマイも、背中をポンポンと叩いてやると、不満気な目でオレを見上げながらも諦めたように大人しくなった。
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