零的距離感
「ウノ!」
「……………。」
ぱしっと軽快な音をたて、得意気にカードを捨てるオレの恋人。
何だこの状況。
両親が旅行で留守中の土曜日の夕方、オレの部屋でマイと二人きり。
「……ドローフォー。赤。」
「えっ、ちょ…!?シン酷い!」
酷いのはおまえだこのバカ。
何が悲しくて好きな女目の前にウノに明け暮れなきゃいけないんだよ。
(こいつ、マジで何考えてるわけ…?)
今日は家に誰もいないって言ったよな?
おまえに逃げる隙を与えてやったのに、ノコノコついて来たのは何でだよ。
普通に考えて覚悟が出来たと思うだろ。
いまいちマイの本心が飲み込めないまま、もう襲ってやろうかと何度も考えた。
だけどその度に出てくるあいつの名前に、オレの邪な右手は透明なコップに注がれたメロンソーダに伸ばされる。
何杯飲んだのか、もういい加減腹一杯だ。
「そう言えばね、トーマが今度キャンプに行こうって。」
ほらまた出てきた。
おまえ今日だけで何人のトーマが出てきたと思ってる?
「サワ達誘ってさ、どう??」
「いーんじゃない?」
どーでも。
実はそういうの好きなくせにそっけないなぁ、なんてクスクス笑うマイ。
くそ、可愛い。
「メロンソーダもっと飲む?」
「いや…、もらう。」
「ふふ、どっちよ?」
どこか楽しそうにコップへメロンソーダを注ぐマイ。
淡いサーモンピンクのパフスリーブから伸びる白い二の腕。
さらりと揺れる色素の薄い髪。
前屈みになることで無防備になる胸元。
……頭煮えそう。
(おまえには警戒心ってものが無いのか?)
オレはもうおまえの幼馴染じゃないって自覚ある?
オレのこと男として見れないって、おまえは今でもそう思ってるの?
年下だからって油断してるわけ?
マイ、おまえを組み敷くことなんて簡単だって分かってる?
そんな事を頭の隅で思って、そんな自分に嘲笑が零れる。
オレにはおまえにそんな事する勇気なんてない。
始まりがあんな風だったから、オレとおまえが本当に両想いなのかいまいち自信が持てない。
オレがおまえを想うように、おまえもオレを想ってくれてる?
互いの気持ちが均等ではない気がして、オレはまだ、最後の一枚の距離を越えられないでいるんだ。
いつまで経ってもおまえはオレのものになった気がしない。
本当に腹がたつ。
(次トーマの名前出したらその口塞いでやる。)
そう決意を固めて、コップの底から小さな泡を放つ緑色をぐいっと飲み干す。
本当にメロンソーダ好きなんだね、とマイが感心したように呟いた。
prev /
next