陽は暮れて、夜の空気が窓から入る。
小さく聞こえる虫の声が、もう秋なのだと告げていた。
「…………………。」
「…………………。」
どちらともなく会話が無くなってから数十分。
(何だよ、何で急に黙るわけ。さっきまであんなペラペラ喋ってたくせに。)
部屋に流れる沈黙が、無駄な緊張感を連れてくる。
窓の外から聴こえてくる、鈴の音みたいなBGMだけがやたら大きく響く静かな部屋。
よく考えたらムードたっぷりな状況で。
ここからそういう雰囲気に持っていけるのではないか、オレの中にそんな邪な心がまた芽生えた。
変な小細工なしでストレートに迫らないとこいつには伝わらない。
俺はできるだけ緩慢な動作でマイの隣へと移動する。
俺の方に視線を向けること無く、グラスが乗ったコルクのコースターを人差し指でなぞるようにするマイ。
窺いつつ覗き込めば、ほんの少し頬が赤く染まっている。
オレを意識しているマイが、可愛くて仕方ない。
「マイ…、なぁ、こっち向いて。」
できるだけ低く、できるだけ優しくねだる。
「……トーマが、ね。」
………………。
やってらんねー。
普通このタイミングで別の男の名前出すか?
はっきり言って萎えた。
もういいや、そう思って溜息をつきながらマイから体を離す。
するとマイは焦ったようにオレの腕をぐいっと引っ張った。
「っ、トーマが教えてくれたの、シンが予備校の女の子に告白されてたって…!」
「……は?」
これ以上無い程真剣な顔で、必死にオレの袖を掴んで縋る様に見上げるマイ。
(……何、もしかしてずっとそれが聞きたかったわけ?)
呆然と見つめる俺の視線に耐えられなくなったのか、マイは耳まで真っ赤にして俯いてしまう。
「それ今月?先月?トーマが見たって…あ、先週予備校の玄関前で待ち合わせた時か。」
「……そんなにいっぱい告白されてるの…。」
ガーン、という効果音が聞こえてきそうなリアクションを見せ、マイは項垂れる。
こいつ、マジで可愛い。
こんなあからさまに嫉妬なんかして、これで襲うなって言う方が無理だろ。
衝動に駆り立てられるままにマイの後頭部へ指を差し込む。
突然近くなる距離に驚き目を閉じることも出来ずにいるこいつの唇を、深く奪う。
「ずっと…トーマの話題出してたの…、それが聞きたかったから…?」
マイの口内に舌を滑らせながら問いかければ、ん、と声にならない声で肯定する。
鼻にかかった甘い吐息が唇を通して伝わって、オレの脳をダイレクトに刺激した。
「ん……ふ…、シ、ンッ………。」
「…マイ、妬いてたんだ……。」
「っ…!なんでそんな、っ意地悪…!」
「意地悪じゃねーよ。嬉しいって言ってんの。」
ぐっと奥深くまで舌を差し込んですぐに引き、わざとリップ音を立てて離す。
それを何度も繰り返せば、遠慮がちだったマイの柔らかな舌が次第にオレを求め出す。
キスに応えようと必死に舌を出して絡めるマイのそれは、少しだけ緑色に染まっていて、やけに扇情的に見えた。
「マイ…、オレのことが好き?」
「す、き……。シンが好き…。」
涙をいっぱいに溜めて、マイは小さく、しかしはっきりと言った。
10年以上、オレはおまえの幼馴染で。
恋人になってからもオレの片想いは続いて。
長い長い夏が終わって。
今、やっとおまえを掴まえた。
オレが差し出した手を、戸惑いながらもずっと離さなかったおまえだから。
オレも、例え何があっても離したりしない。
透明掛かった緑色の中、カランと氷が溶ける音。
グラスを撫でるように伝う水滴。
最後の一枚の距離が、今、ゼロになった。
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