kiss【寅之助の場合】
「んんっ……!っはぁ…、ちょっと!ト…んっ!」
両手首を痛い程に掴まれて、壁に押しあてられたまま強引に奪われる唇。
苦しいとか、待ってとか、痛いとか、
言ってやりたい言葉は全てトラの唇に飲み込まれてしまう。
強くて深すぎる口づけに、このままトラに食べられてしまうような気がした。
「んぅっ…、はっ、…はぁ、…はぁ…。」
やっと解放され、肩で息をしながら目の前のトラを睨みつければ、
まるで捕食者のような瞳が私を間近で見つめていた。
殺気さえ感じるその眼に捕らえられて、背筋がぞくっと震える。
「……オレが怖いか、撫子?」
私が怯えたのを分かっているくせに、トラはそんなことを聞く。
怖くないと言ったら嘘になる。
でも、トラがこの瞳を向けるのは私にだけ
そして、この視線の意味を私は知っている。
狂暴としか思えないその瞳が、酷く色っぽく見えて、くらりと眩暈を覚えた。
(トラもトラなら、私も私ね……。)
怖いのに、同時にそれを嬉しいと感じてしまう私は、
きっとトラの唇から毒が廻ったのだと思う。
何も答えずに、射るような視線をじっと受け止めていると、
トラの瞳が一瞬不安げに揺れ、目線をすっと落とした。
手首の拘束が揺るまったことに少しほっとすると、トラが首筋に顔を埋めてくる。
それは虎が猫になった瞬間。
甘える様に鼻先を擦りよせる仕草に、思わず苦笑してしまう。
「……トラ…。」
できるだけ優しく声をかけると、トラの体がぴくっと反応する。
「…………。」
「トラ……、好きよ…。」
すっかり力の抜けていた腕の拘束を解いて、トラをそっと抱きしめた。
「……ン…。」
小さな声は何だか拗ねているように聞こえて、私は気付かれないように微笑む。
トラも同じくらいそっと私の体を抱きしめ返して、撫子、と柔らかに私の名前を呼ぶ。
そして、先程のキスからは考えられないくらいに優しく、優しく唇を合わせた。
恐いくらいの激しさも、包み込むような優しさも、
トラが私にぶつける感情は全てが愛おしい。
どんな彼も受けとめたい。
そして、トラの全てを受け止めるのは私だけでありたいと思う。
もう私は、トラの甘い毒に脳まで侵されているのだ。
優しいキスを降らせるトラの、柔らかな赤髪をふわりと撫でて、
この人の牙がいつまでも私に向けられるように……、
そう祈った。
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