その唇は残酷で柔らかな
「……で、今日は何だってそんな顔してるんです?」
「何よ、いきなり……。」
いつも通りノックもせずに当たり前のように部屋へ訪ねてきて、当たり前のように椅子へ座って、当たり前のように紅茶を飲む円が私に問いかけた。
「だってあなた、さっきからずっとこの世の終わりみたいな顔してるじゃないですか。」
「…………。」
そんなに顔に出ていただろうか。
否、わざと出していたのかもしれない。
円にだけは知って欲しくないと思うのに、円にだけは聞いてほしい。
そんな矛盾を抱えているのを分かっていた。
言うべきじゃない。
こんなことを円に言うこと自体意味がないし、お互い何の利もないのだから
。
「……昨日、鷹斗の部屋に行ったの。
監視付きじゃなく、一人で外出したいって頼んだわ。」
なのにどうして言葉にしてしまうのだろう。
「一人でって…、そんなのキングが許すわけないでしょう。」
「彼、…許可してくれた。」
私の言葉に、円は心底驚いたような表情を作った。
「それ、本当ですか?
ちょっと信じがたいですね……、あの過保護な彼がそんなこと許可するなんて。」
言うべきじゃない。
あんなこと円に知られたくない、そう思うのに………。
「キス…、したの。」
「………は?」
「交換条件として、キスをしたの。」
言葉にして、改めて自分の行動の意味を再認識する。
私は鷹斗とキスをした。
この事実を円に伝えて、私はどうしたいというのだろう。
彼に、何を言ってもらいたいのだろうか。
自分でも分からなかった。
キングと撫子さんがキスをした。
一瞬意味が理解できなかった。
交換条件という言葉を聞いてすぐに状況を把握する。
そして、自分には関係のないことだと思った。
彼女が誰とキスしようが、そこに気持ちがあろうがなかろうが、ぼくには何の関係もないことだ。
別に動揺するような理由などない。
頭の中は酷く冷静で、そんなことを考えながら身体は自分の意志とは全く違う行動をとっていた。
「…どんなふうにキスしたんですか?興味あるんで教えてください。」
彼女の腕を強く引きよせ、間近で見つめて問いかける。
ティーカップがガシャンと大きな音を立てて、テーブルの上へ落ちた。
「は、離してっ!」
「教えてくださいよ別に減るもんじゃなし、構わないでしょ。」
「―――なっ…!」
かぁっと顔を赤くして僕を睨みつけた彼女。
その引き結ばれた唇をぼくのそれで塞いだ。
細い腕がビクッと震え、彼女の体に力が入る。
拘束されていない方の手がぼくの胸を強く叩いていたけれど、その手も絡みとってしまえば次第に彼女は抵抗を無くしていく。
零れた紅茶がポタポタと床へと滴る音に混じって、時々漏れる荒い息使いが部屋の中に響いていた。
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