その手は添うように
「ねぇ、あそこでナンパされてるの君の彼氏じゃないの?」
バーカウンターの中からそう言ったのは、私のバイト先であるこの喫茶店のマスターだった。
喫茶店と言っても、この店は7時からアルコールを出すダイニングバーになる。
11時を過ぎた店内は、センスの良いジャズ音楽がBGMとして流れる中、仕事帰りの若者やカップルで賑わっていた。
マスターは細長いグラスに、淡い青色のカクテルを注ぎながら目線だけを店の入り口に向けた。
その視線を追うようにすると、格子にガラスが張られたドアの奥に数人の人影が見える。
「……そうですね。」
店のすぐ外にいたのは、派手目な女性達と話している円だった。
こちらから円の表情は見えないが、この距離からでも分かるくらい睫毛がバチバチした女性が楽しそうに話す言葉に、たまに相槌を打っているようだ。
嫉妬なんて大人気ないことはしたくないが、ムッとするのは仕方無いことだと思う。
「いやー、彼氏マメだねぇ。お迎えでしょ、もう時間だから上がっていいよ。
」
「あ、はい…。ではお先に失礼します。」
「おつかれさま〜。」
にやっと笑ったマスターがカウンターから身を乗り出して、愛されてるね、とからかうように言う。
顔に熱が集まるのを感じながら、足早にスタッフルームへと向かった。
(マメ…、よね、確かに。)
私がバイトを始めてから、円は殆ど毎回と言っていいくらい迎えに来てくれている。
彼自身、近々オープンを控えているジュエリーショップの事で、かなり慌ただしいはずなのに。
申し訳ないからと断っても、行ける時にしか行きませんからと言って、また今日も来てくれる。
あまり無理して欲しくない、そう思いつつも正直嬉しいと感じてしまう自分に呆れてしまった。
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