Growth factor
アイボリー色の塀の向こうに続く煉瓦道。
その道に沿うようにある庭の芝は黄金色に染まり、サワサワと柔らかに揺れる。
それほど時間が経ったわけではないのに、懐かしく思えるから不思議だ。
私が秋霖学園の中等部を卒業して、もう二つの季節が廻った。
外部の高校を受験した私はとにかく新しい環境に慣れることに必死で、目まぐるしい毎日を過ごしている。
忙しければ月日が経つのもあっという間に感じるかと思うが、実際はそうでもない。
私にとってこの半年は、とても長く思えるものだった。
そう感じる理由はただひとつ。
ずっと友達。
そう思うよう必死に努力していた相手である彼からの告白はかなり衝撃的で、
私の世界はあの日から一変したのだ。
半年前、円は私の恋人になった。
(時間が経つのが遅く感じるのは、良いことなのかしら。悪いことなのかしら。)
下校中の学生達をぼんやりと見送りながら、そんな事を考える。
日々が充実していると時の流れが早く感じると言うが、その説には当てはまらない気がするのだ。
実際この半年はとても有意義だったから。
友達というカテゴリーから外れた円と二人きりになるのは未だに気恥ずかしいけれど、それでも少しずつ慣れてきた。
デートもそれなりにしているし、会えない時はメールや電話もしている。
キスもした。……まだ数える程だけれど。
大人ではないが、もう子供とも言えない私達の関係はゆっくりと、しかし確かにその在り方を変えていた。
ちらりと腕時計を確認する。
学園に着いてから20分が経過していた。
(準備、間に合うかしら…。)
今日は円の家でパーティーを開くことになっている。
円と私が主催の小さなパーティーで、ゲストは課題メンバーの皆。
その準備でこれから買出しに行く為に、円とここで待ち合わせをしていた。
円は自分が迎えに行くと言っていたが、久々に学園を見たいからと、今こうして私が彼を迎えに来ている。
(円遅いわね……。)
もう授業はとっくに終わっているはずなのに、まだ円の姿は見えない。
こうして彼を待っていると、段々妙な緊張に襲われる。
別に長く会っていないというわけじゃないのに、どうしてこうもドキドキしてしまうのだろう。
緊張を紛らわせようと今日の段取りについて考え始めた時、校門の奥から賑やかな声が聞こえてきた。
きゃあきゃあと甲高い声の主は、少し派手目な数名の女子中学生。
その子達の中心に、円がいた。
一瞬何故か、隠れなければという衝動にかられる。
しかしすぐに、自分が隠れる意味も理由も無いことに気付いた。
楽しそうに円の周りを囲む女の子達の中で、円は俯き加減にこちらへ歩いてくる。
彼にとってこれが日常とでも言うように、構うそぶりも動揺も見られない。
どこか不機嫌そうに目を伏せる彼は、まるで知らない人の様に感じた。
ちくっと何かが胸に刺さる。
最近、時折胸を掠めるこの違和感。
初等部の頃からずっと一緒に居た。
ずっと一緒にいる間、彼の成長を近くで見ていた。
それなのに、ふとした瞬間円が酷く大人に見えることがある。
実際円はここ2年くらいでとても変わった。
初等部の頃は私と同じ高さだった目線も、今では彼を見上げるようになった。
華奢だった体は、今でも続けている合気道で鍛えられ逞しくなった。
どこか幼さを残していた声も、少し籠るような低い声に変わった。
首も、肩も、腕も、筋肉の付き方が以前の円とは違う。
少年はいつの間にか、男の人になっていた。
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