kiss【円の場合】
「ちょっ、何でそんな短い所で切るんですか?それじゃ輪っかが作れないでしょう。」
「えぇ??そんなことは切る前に言ってよ!」
「普通に考えれば分かると思ったんです、あなた意外と不器用ですね。」
「………。」
円の作るジュエリーがHANABUSAのブランドとして売り出されるようになり、
その評判はすぐに世間に広まった。
飽くまで趣味として作っているのだと言う円だったが最近は注文数も増え、
そう我儘も言っていられないようだ。
(何だかんだ文句を言いながら、結局忙しくしちゃうのよね、円は…。)
私は私で、医学部の実習が本格的に忙しくなってきた為、
近頃は二人きりでゆっくり会う機会などほとんどない。
今日も本当ならば円は仕事で会えないはずだったのだが、
昨晩メールでアトリエに来るかと誘われて、二つ返事でここへ来たのだった。
円の細くて長い指先が、まるで魔法のように次々とアクセサリーを形作っていく。
それらは全て繊細で美しく、とても優しい色合いの物ばかり。
(いつも、この手が私の髪や頬に触れたりしてるのよね……。)
無駄のない動きでビーズを手に取る様をぼんやりと眺めていて、
ふとそんな事を考えて、思わず顔に熱が籠ってしまう。
(な、何考えてるのかしら、私。)
「何考えてるんですか?」
「―――っ!!?」
図っていたかのようなタイミングで発せられた言葉に、体がびくっと震えた。
「……驚き過ぎですけど本当に何考えてたんです?何だか顔も赤いですし。」
「べ、別に、別に何でもないわ。」
「別にがかぶってます。そんなにどもって何でもないわけないでしょう。
撫子さん、あなた嘘つくの下手なんですからやめたほうがいいですよ。」
怪訝そうに眉間に皺を寄せた円の顔が、ぐっと近寄ってくる。
(どうしていつもそんなに近づくのよ!)
突然近くなった距離に戸惑っていると、円の手が私の髪を一束くいっと引っ張った。
え、と思った途端にふわりと重なる唇。
「……んっ。」
円のキスは、その憎たらしい言葉とは裏腹に、いつも酷く丁寧で優しい。
ゆっくりと、食むように。
時々ぐっと深く重なる。
徐々に熱を帯びていくキスに、息継ぎがうまくない私が苦しくなると、
円は一度唇を放して頬や耳に口づけ、そしてまた唇へと戻ってくる。
甘くて溶けてしまいそうな円とのキスに頭の芯がしびれてくる頃、
そっと唇が離れていった。
上がった息を整えながら、何か文句を言ってやりたいと思うのに全然頭が働かない。
くやしい。
頭ではそう思いつつも、いつもこの甘い余韻に流されてしまう。
「……で、何考えてたんです?」
耳や首に小さなキスを落としながら、普段よりずっと柔らかい声で囁かれ、
胸がきゅっと狭くなる感覚。
「教えてくださいよ……。」
首筋に唇を付けたままされる甘やかな催促は、
私の感情を蕩かしていく。
皮膚を通して伝わってくる低くて掠れた声の振動に、
私が全てを白状してしまうまで、……あと数秒。
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