大きな喧嘩をしたのはほんの数日前。
『いつも思い通りにならないあなたのこと、ぼくに独占させてくださいよ。ぼくのお願い、何でも聞いてくれるんですよね?』
私の耳元でそう告げた彼。
今日私は、彼のお願いを聞くために勇んでここへやって来た。
「……まあまずは座ったらどうですか?」
けれど円の様子は至極いつも通りで。
「………そうね。」
意気込んで来た分、私は拍子抜けしてしまった。
「撫子さん、ミルクいります?」
「えっと、大丈夫…。」
そうですか、と円の口元に運ばれたグラスから、カランと氷のぶつかる音が響く。
二人掛けのソファは、肩が触れてしまいそうなくらい近くて。
でもこんなにドキドキしているのはきっと私だけなのだろう。
(円、本当に普段通りね…。)
てっきり部屋に入った途端に何か恥ずかしいことを要求されるのでは、と警戒していた私。
これでは変に意識して緊張している自分が馬鹿みたいだ。
しかし、何でもお願いを聞くだなんて、あんな言い方をされれば身構えてしまうのが当然だと思う。
こく、と一口アイスティーを飲んで、隣に座わる円を横目で見上げる。
視線に気づいた円と目があって、咄嗟に思いっきり逸らしてしまった。
(あ……。)
今のは流石に感じが悪かっただろうか、そう不安になっても顔を上げることができない。
意識しないようにと、思えば思うほどうまくいかないのはどうしてなのだろう。
暫くして、はぁ、と円が小さく溜息を吐いた。
「心配しなくても取って食いやしませんよ。そんなに分かりやすく怯えないでください。」
「べ、別に怯えてるわけじゃ……!」
「怯えてるでしょう、完璧に。」
本当に怯えているわけじゃないのに。
ただ緊張しているだけなのに、それがうまく伝えられないことが歯痒い。
(なによ。お願いを聞いてほしいって言ったのは、円のほうなのに……。)
心の中で文句を言いつつも、本当は分かっている。
きっと円は身構えている私を気遣っているのだろう。
俯いた視界に入ったのは、手首でしゃらりと音を立てるブレスレット。
あの日一度は壊れてしまったけれど、また円が紡ぎ直してくれた何より大切な宝物。
キラリと光を反射させるビーズの列に、すれ違ってしまっていたあの日のことを思い出す。
相手の特別になりたくて、でもいつまで経ってもなれていないような気がして。
いくら言い合ったって分かり合えなくて、不安で。
『撫子さん。ぼくは…あなたが好きなんです。』
『やっぱり、あなたが欲しいです。
ぼくをいちばんに考える、ぼくだけのあなたが欲しいです。』
あの時、顔を真っ赤にして私に素直な気持ちを伝えてくれた彼。
飾らない想いを一生懸命、丁寧に。
ぐ、っと拳を握りしめる。
素直になりたい。
彼のくれたあの幸せな気持ちを、今日は私があげたい。
「約束、だから…。何か私にしてほしいことがあったら、い、言って?」
絞り出したような声も、震えてしまった手のひらも。
飾らない、私の精一杯の気持ちだった。
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