淡く光るカプセルの表面を、指先でそっと撫でる。
無機質なガラスは冷たい筈なのに、彼女の頬の上を指が滑った時に温かさを感じたのは、恐らく錯覚なのだろう。
まるで宝石の様に大切に納められた姫。
この世界の王様が愛して止まない女王様。
明日、彼女は目覚める。
そこに彼女の感情や意志は無い。
なんて滑稽で馬鹿馬鹿しいのだろう。
彼女を目覚めさせるのはこの世界の王様でも、ましてや王子様でも無い。
目の前で穏やかに眠るこのひとを起こすのは、ぼくで。
そしてこのひとを眠らせてしまったのも、ぼく自身なのだから。
「このまま眠っていたほうが幸せなんでしょうね…。」
零れ落ちた言葉は彼女に対してのものだったのか、それとも自分自身に向けたものだったのか。
それすら今のぼくにはもう関係の無いことだった。
明日ぼくは再びあなたを眠りにつかせる。
今度は確実にぼくの意思で。
きっと目覚めたあなたは全てを知り、ぼくを責め、軽蔑するだろう。
この世界を嫌悪し、否定し、罵るのだろう。
罪を犯したとは思わない。
許されたいとも思わない。
Bishop(駒)はチェスボードの上をただ言われるがままに滑るだけ。
けれど。
このひとと対峙する明日は少しだけ怖かった。