「下手に波風立てられないでしょ、あそこはあなたのバイト先なんですから。」
「え……?」
しばらく無言で歩いていると、呟くように円が言った。
一瞬何の話しだか分からず聞き返したが、すぐに理解する。
円は、私のことを考えているからこそ彼女達を無下にしないのだ。
バイトなんて必要無いと反対しながらも、早く辞めればいいなんて言いながらも、本当に私の嫌がることはしない。
後ろからそっと手を添えるように支えて、私を守っている。
円はそういう人なんだ。
「ありがとう…、円。」
胸が苦しいくらいに円への想いでいっぱいになって、出てきた言葉はその一言だけ。
何のお礼か解りません、とこちらを見ないまま言った、素直じゃないひとつ年下の恋人。
私もこの人と同じくらい、深くて優しい愛し方ができたらいい。
少しだけ体温の高い手。
暗い空に響く二つの足音。
前を歩く広い背中。
この穏やかな幸せがこぼれ落ちることの無いように、握った手の平にそっと力を込めた。
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