量子変化、座標の指定、時の停滞のプログラム。
明日の決行に何の問題も無い。
最終確認を済ませて、操作盤のパネルを閉じた。
深い溜息が零れる。
彼が何を求めているのか、この行為に何の意味があるのか。
ぼくには理解できないし、理解しようとも思わない。
彼に協力することで自分の罪が償えるならば…、そんなことを微塵も考えたことは無い。
では何故ぼくは彼に力を貸しているのか。
答えは明確だ。ぼくはぼくの家族と共に暮らしたいだけ。
その為ならば鳥籠に囚われることさえ苦痛とも思わない。
確固たる目的の為に感情を殺すのは簡単だった。
ただひとつだけ。
あの日覚えてしまった安心感だけが、ぼくの中で消えることの無いしこりとなっていた。
Kingに協力を強いられたことに対して、どうして安堵を覚えたのか。
理由を考えたこともあったけれど、それを見出した所で何の意味も無い様な気がした。
この箱庭の中では。
何も考えずにただ彼に忠実であればいい。
それがぼくの平穏に繋がるのだから。
だからぼくは考えることをやめた。
瞳を瞑った。
耳を塞いだ。
Kingに連れて来られたあの日あの時を最後に、ぼくは彼女の姿を一度も見ることは無かった。
コツ、コツ、と靴音だけが響く。
一歩一歩、カプセルとぼくの距離が近づく。
彼女の姿を見る必要なんて無い。いや、見てはいけないのだと思う。
見てしまえばきっと、今まで作り上げた何かが壊れてしまうのに。
しかし何故か向かう足を止めようとは思わなかった。
一点の曇りも傷も無い特殊ガラスの中。
光に目が慣れて、徐々にその輪郭を認識する。
背筋に走った小さな電流。
5年ぶりに見た彼女は、あの日と変わらず静かに眠っていて。
しかしその姿は、あの日見た幼さの残る彼女では無かった。
スラリと細く長い手足に、華奢な肩と腰。
透き通った怖いくらいに白い肌。
それでも頬には薄らと赤みがさし、唇は紅に色づいている。
22歳になった彼女は、ただ美しかった。
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