ピッピッピッ………
無機質な廊下に響く電子音はやたらと大きく聞こえる。
幹部個人に与えられた暗証番号を、指はもう覚えていた。
灰色に鈍く光る扉をいくつも開けて進んだ先。
ほんの一部の人間しか立ち入ることを許されていない一室に、そのひとはいた。
まるで白黒の映画を見ているような、色のないこの部屋。
小さなライトが壁や床を照らし、弱視である自分にはそれがまるで淡く輝く蛍のように映る。
良く言えば【幻想的】であるその光景も、ただ憐れなだけだと思った。
ここはそんな綺麗な言葉が似合う場所では無いから。
部屋の中心に置かれた二つのカプセル。
片方の電源は落ちていて、片方はぼんやりと白く光りを放つ。
どこか非現実的なこの空間に、そのカプセルだけが唯一実際に存在しているかのようだった。
遠目で暫く見つめて、最終チェックの為に壁際にある操作盤へ足を向ける。
パネルを開いて、手慣れた仕草で作業を進めていった。
計画決行は明日。
明日、全てが終わって、そして始まる。
世界が壊れてから数か月。
突然全てが変わった世界は混沌としていて、家族は皆散り散りになっていた。
両親と兄を捜す日々の中、ぼくは彼に出逢う。
『英円君、だよね?俺を知っている?』
人の良さそうな笑みを浮かべた、赤茶の瞳がまだ幼さを残す青年。
彼はぼくを強引に連れて行った。
何も無い世界の中、その建物だけはまるで違うパズルのピースが埋め込まれたようで。
戸惑うぼくに向けられる青年の笑顔が、やけに柔らかくて恐ろしかったのを鮮明に覚えている。
まるでSF映画の世界に迷い込んだようなその部屋。
ガラス越しに眠るそのひとが弱視の瞳にぼやりと映って。
そして、ぼくは全てを悟った。
『九楼撫子という名前を、知ってるよね?―――英、円くん。』
ああ。
とうとうこの日が来た。
身体全体を飲み込むような絶望。それと同時に覚えた安心感。
吐き気がした。
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