あれからアトラクションにも乗らずにずっとカボチャを探し続けたが、結局見つからずに時間はもう閉園間際。
閉園の音楽が流れて、出口へ向かう人々もまばらになってきた。
しかし彼女は諦め切れないのか、帰路に着く人の波に逆らうように園内を進む。
「撫子さん、もういいでしょう。景品のぬいぐるみならぼくが買ってあげますから。
限定ではないですが好きなものを選んでいいですし。」
「駄目よ、そんなの意味ないわ!」
掴んだ手を払われて、ついカッとなる。
「っ、何をそんなにむきになってるんです?あなたらしくないですよ。一体どうしたんですか?」
「だって……!」
そうして口を噤んでしまう彼女は、本当に様子がおかしい。
そんなにしてまであの景品を欲しがる理由も意味も分からない。
楽しかった雰囲気とは打って変わって二人の間に流れる気まずい空気。
さっきまで全然気にならなかった秋の風が、やたらと冷たく感じた。
「撫子さん……。」
「……チケットをくれた友人が、教えてくれたの。」
ぽつりと呟くような声は、人混みの喧騒に溶けてしまいそうに小さいものだった。
「ピンクのカボチャを10個全部見つけ出せたカップルは、ずっと幸せに過ごせるっていうジンクスがあるんだって……。」
「……………え?」
この時のぼくは、たぶん今までにないくらい呆けた顔をしていたことだろう。
はっきり言って驚いた。
彼女がそんなことにこだわって今まで必死にカボチャを探していたのだと知り、とてもじゃないが信じられないと思った。
人一倍現実的な彼女が、そんな根も葉もない噂に振り回されていただなんて。
「……ジンクスって本来『縁起が悪い』って意味なんですけどね。」
「―――っ。も、もういいわ、帰りましょう!」
撫子さんは真っ赤な顔をして踵を返す。
ぼくはすっかり冷え切ったその手を取って園内を走り出した。
「え、ちょっ…円??」
「心当たりがあります、行ってみましょう。」
閉館まであと5分を切ったテーマパークを、二人手を繋いで人の波をかき分けて。
恋人達のジンクスなんて下らない。
ぼく達にはそんなもの必要ない。
それでも彼女が望むのならば、それを叶えたいと思った。
「はぁ、はぁ、……あった…!10個目のカボチャ……。」
「はっ、はぁ…、キッズエリアには足を運ばなかったでしょ、それ以外は隈なく探しましたからね…。」
ベンチの脇、片隅にそっと置かれる様にあるピンクのカボチャ。
これが何だというのか本当に意味がないと思う…なのに、心がやけに温かかった。
(感動、しているのだろうか...。ぼくは、今。)
閉館の音楽をBGMに、最後のスタンプを押した撫子さんがふわりと微笑む。
園内を彩るオレンジの明りに照らされた彼女の笑顔は純粋に綺麗だった。
色々言いたいことはあった。
しかし、どんな言葉も今は必要ないと思った。
「……満足しましたか?」
「ええ。ありがとう、円…。」
「どういたしまして。じゃ、帰りましょうか。」
差し出したぼくの手を、ぎゅっと握りしめた小さな手。
違っていた体温が、次第に混ざって同じになって。
何があっても、ぼくはこの手を離したりできないだろうと思った。
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