私がそっと伸ばした手を見て、円が一瞬身体をぴくりと揺らす。
どこか怯えたような彼の仕草に少しだけ指が躊躇したけれど、構わずその身体を抱きしめた。
私よりずっと大きな円の体は、温かくてお日様みたいな匂いがする。
接した場所から伝わってくる円の鼓動は、私と同じくらいに速かった。
さっきまで怖いと思っていたのが嘘のように落ち着いた心から溢れる感情は、やはり円のことを愛しいと思う気持ちで、また涙が込み上げてくる。
「…ぼくは、いつも…必死です…。」
ぽつりぽつりと、自分自身で確かめるように、私の腕の中で円の言葉が響く。
一言も聞き逃したくなくて、息を潜めて彼の声を聞いた。
「…一歳の差なんて、あってないようなものだと分かっています。」
始めは央の留学の話しなのかと思ったけれど、続く言葉でそうではないと知る。
「でも今のぼくにとって、あなたと離れた一年の差は大きくて…。
それでもどうしたってその差を埋めることはできないんです。
どんどん前へ進んでしまうあなたに追いつくことは、一生無い。だから……。」
最後消えてしまった言葉は、「不安」なのだと、そう言ったのだろうと思った。
「留学のことだってぼくは何も知りませんでした。…りったんさんは知っていたのに。ぼくはそんなに頼りないですか?最近のあなたはいつもぼくに『大丈夫』と気を使う。ぼくはそう言われてしまうと何も言えないんです。」
珍しく饒舌な円の耳が、少しだけ赤い。
愛おしい。
円のことが愛おしくて堪らない。
止め処なく溢れだした感情をうまく言葉に乗せることができなくて、ただひたすら円の体を強く抱きしめた。
そのまま彼のさらりとした銀髪を撫でれば、少しだけ身じろぎする大きな身体。
「…何ですか……?」
「…嫌?」
「……別に嫌じゃないですけど。」
不本意ではありますが、と一言加える円はそれでも何も抵抗しようとしない。
行動とは裏腹に言葉は素直じゃない円。
私のよく知っている、私の大好きな円だ。
円も私と同じだった。
互いに成長していく中で、いつも相手に置いて行かれないように必死だったのだ。
すとん、と心に何かが落ちて、塞がっていた視界が広く開けた気がした。
「留学は、いつかはしないといけないとは思うけれど…、学生のうちはしっかり学校の授業を学びたいと思っているの。」
「…そうですか。」
「円だってデザインを学ぶ為に留学をすることになるわ。私が卒業すれば留学先の選択肢も広がるから、もしかしたら、その……円と同じ国に留学することもできるかもしれないって、そう考えたりしたの。」
「………そうですか。」
私の背中に回された腕に、ぎゅっと力が籠もる。
それに答えるように私も力を込めて彼を抱きしめた。
出会って3年が過ぎても、私達はまだただの子供で。
きっとこれからたくさんの人に出会って、色々な経験をして、そうして互いに成長していく。
それでも円とずっと一緒にいたいという気持ちはずっと変わらない自信があるのだ。
すれ違う気持ちも、行き違う想いも、円と過ごす全ての日々が意味を持っているから。
私が成長する上で円の存在が欠かせないものであるように、円にとっても私の存在が同じものであってほしいと願う。
今を積み重ねた先に未来があるなら、きっと私達は大丈夫。
そんな確信と希望を胸に、円の温かい頭を抱き寄せた。
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