「少しは落ち着きましたか?」
「……えぇ。」
まだほんのり顔を赤く染める撫子さんにミネラルウォーターを手渡す。
ソファーに凭れかかるように座る彼女は、ぼくと目を合わせようとしなかった。
央が作ったケーキに使用していたリキュールで酔ってしまった撫子さん。
今は二階にあるぼくの部屋で休んでもらっている。
下の階から聞こえる央の笑い声と、トラさんの怒鳴り声。
どこにいたって相変わらず騒がしい彼らとは反対に、この部屋には沈黙が続いていた。
さっき彼女から言われた言葉が耳から離れない。
その意味をどう捉えたらいいのか、いくら考えても分からなかった。
何度も聞こうと口を開きかけては声を出せずに閉じる。それを繰り返していた。
「あ、の…。さっきはごめんなさい……。訳の分からないこと言ってしまって…。」
先に口を開いたのは彼女の方。
聞きとれない程の小さな声は謝罪の言葉で、その目はやはりぼくを見ようとはしない。
チリチリと燻ぶる様な感覚、これは怒りなのだろうか。
「で、あなたはぼくのことがもう嫌になったんですか?」
思ったよりもずっと冷たい声が出てしまったことに一瞬狼狽えた。
「―――っ、違うわ、そういうんじゃないのよ…!」
「じゃあ何なんです?そう言ったじゃないですか、ぼくに不満があるんでしょう?」
「不満なんて……。」
苛々する。彼女に対してではない。
彼女が何を思っているのか、何を考えているのか分からない自分自身に苛立っているのだろう。
どうしてこんなにも子供なのか。
彼女が困っていると理解していても抑えることができない。
問い詰めてでも全てを知りたいと思ってしまう。
そんなことをしたら彼女が嫌がるのは目に見えているのに。
「本当にごめんなさい。何でもないから、…忘れてほしいの。」
もう大丈夫だから下に戻りましょう、そう言って立ち上がる撫子さん。
向けられた背中はぼくを拒否しているかの様に見えて、心の奥から黒い何かがぐっと込み上げた。
行かせない。
そう思った瞬間、ぼくはドアに手をかけようとしていた細い腕を掴んで、
力任せに引き寄せていた。
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