体温計を見た理一郎の額に、ぴきっと青筋が浮かび上がった気がした。
映画を見た後行ったカフェで、私の頬の熱さに気づいた理一郎は、
馬鹿か!と一言大声で叫んだ。
半ば強制的にタクシーへ乗せられ、今は既に自分のベッドの中。
理一郎が掛けてくれた布団は一枚毛布が多い気がするが、とりあえず大人しくしておくことにした。
「38度4分。」
「……まあまあ高いわね。」
「まあまあじゃないだろ!
自分の体調くらいしっかり管理しろ、お前本当に医者目指してるのか!?」
「医者の不摂生って、よく言ったものだわ。」
「…もう黙って寝ろ。」
あからさまに呆れを含んだ溜息を吐きながら、ばさっと布団を顔まで掛けてきた。
顔を覆った布団から、ちらりと理一郎の姿を盗み見る。
(怒ってる……わよね。)
理一郎の表情は明らかに不機嫌なもの。
久々のデートを途中で終わらせてしまった上に、怒らせてしまったことを、流石に申し訳なく感じた。
というか、もしかして、いやもしかしなくても、
私って相当最低な奴なのではないだろうか。
私の為に色々と計画してくれた理一郎。
それに比べて私は、当日熱は出すわ、心配してくれる彼に対して軽口を叩くわ...。
本当に意地っ張りで可愛くない自分自身に嫌気がさす。
「お前、ちゃんと休んでおけよ。」
そう言ってベッドの傍から離れようとした理一郎の腕を、私は咄嗟に掴んでいた。
「か…、帰るの?」
私の言葉に少しだけ驚いたように目を見開いた理一郎は、小さくため息を吐きつつ再びベッドの横へ座った。
「おじさんが帰ってくると面倒なんだよ。
部屋で二人きりで、しかもお前はベッドで寝てて…、絶対キレるぞあの人。」
「……切れたりしないわよ、大げさね。」
「…………お前…。いや、もういい。」
また可愛くないことを言ってしまった。
どうして素直に謝ったりお礼を言ったりすることができないのだろう。
「とにかく俺はもう帰るからな。」
「―――っり……。」
今日はありがとう。
せっかくのデートを台無しにしてごめんなさい。
もう少しだけ傍にいてほしい。
そう言いたいのに言えない自分が情けなくて、なんだか哀れにさえ思えて、涙が出そうになった。
歪んでよく見えない理一郎の背中をただ見つめていると、
ドアノブに手をかけたままその動きが止まった。
「……また、明日来るから。良く寝て治せよ?」
ぶっきら棒に放たれたその言葉は、酷く優しい響きを含んでいて、
聞いた途端に私の中で何かが弾けたような気がした。
熱でふらつく足元もそのままに、私は理一郎の背中に抱きつく。
「お、おい、撫子!?」
「………帰っちゃ嫌…!」
やっと出てきた素直な言葉は、笑ってしまうくらい幼稚なものだった。
どのくらいの時間がたったのか。
私は理一郎の背中に縋るように抱きついたままで、
理一郎はドアノブに手をかけたままで、2人とも立ち尽くしていた。
広い胸元に回っていた腕が、熱によるだるさでズルリと落ちた時、
理一郎がはっとしたように私に向き合う。
そしてそのまま私の身体を支える様にして、またベッドへと寝かされてしまう。
「りいちろ……。」
「―――っそんな目で、見るな…!」
そんな目ってどんな目?
そう聞き返す暇も無く、理一郎が覆いかぶさるように私を抱きしめた。
理一郎の体温が、伝わる規則正しい鼓動が心地よくて、うっとりと眼を閉じる。
でもその体温はすぐに離れてしまった。
寂しく感じて見上げれば、代わりに掌を優しく包み込むように握ってくれる理一郎。
私の方が熱が高いはずなのに、伝わってくる体温は同じくらい熱い。
「ごめんなさい…、ありがとう…、理一郎。」
熱に溶かされたように、とても自然に言葉が出てきた。
「いいから、ちゃんと傍にいるから…、もう寝ろ。」
「うん……。」
ほっとしたのか、薬が効いたのか、波のように襲ってくる眠気に身を任せて、
理一郎の手を握り締める様にして徐々に意識を手放す。
落ちていく意識の端で、理一郎が小さなキスをくれた気がした。
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