kiss【鷹斗の場合】
「鷹斗、もうそろそろ良さそうだわ。」
「え、でもレシピでは180度で20分ってあるけど…、まだ17分しかたってないよ?」
キッチンタイマーとレシピを交互に見た鷹斗が戸惑ったように言う。
「生地の厚さとかオーブンの大きさによっても違うのよ。
焼き上がりは目で確かめないと失敗してしまうわ。」
「へぇ…、そんなものなんだ…。あ、本当だ、すごく美味しそうに焼けてる!」
キラキラと目を輝かせてオーブンを除く彼を見て、思わず笑みがもれてしまう。
いつまでたっても少し子供っぽい無邪気さがある鷹斗。
(ほんと、鷹斗って料理に関しては柔軟性がないわね。)
今日はお互いの休みが久しぶりに合って、
鷹斗のマンションでゆっくりと過ごしていた。
DVDを借りて見ていると突然彼がクッキーを作りたいと言い出したのだ。
明るくて穏やかで、でも基本的には我がままでマイペースの彼。
もう、と口では呆れながらも、鷹斗に振り回されるのは嫌いじゃない。
途中だったDVDもそのままに、急遽材料をスーパーまで買いに行き、
そして今に至る。
「うん、おいしい!本当に撫子は料理が上手だよね。」
「大袈裟よ…。そんな凝ったお菓子じゃないんだから。」
売り物よりずっと美味しい、だなんて鷹斗があまりにも絶賛してくれるものだから、
そりゃあ嬉しいのだけれど、それよりも恥ずかしくなってしまう。
何だか彼の顔が見られなくて、赤くなる顔を誤魔化すように紅茶をすすった。
「……撫子…、キスしていい?」
「―――っ!?」
(どういうタイミングなの!?)
何の前触れも予兆もなく放たれた鷹斗の言葉に、危なく紅茶を吹き出しそうになった。
「なっ、どうしたの突然??」
「ご、ごめん。だって撫子が可愛くて……。ダメ、かな?」
(そんな子犬のような目で見られても……。)
おずおずと上目使いに尋ねる鷹斗。
思わず苦笑してしまう。
確かに突然で驚いたのは事実だけれど、
私達は恋人同士なのだからいちいち私の許可をとらなくてもいいのに。
何度もそう言っているのに、鷹斗は毎回それを訪ねる。
そんな彼の態度をちょっともどかしく思うこともあるけれど、
大事にされていることが伝わって嬉しくもあるのだ。
高鳴る鼓動を抑えながら小さく頷くと、鷹斗はほっとしたような笑みを見せた。
私の髪をそっと梳くように撫で、ゆっくりと近づいてくる。
自然と瞳は伏せられて、重なる唇。
そっと触れた唇は、緩やかに離れて、また柔らかく重なって。
何度も何度も繰り返される優しい口づけは、まるで壊れ物を扱うように繊細で、
自分がとても価値のある宝石にでもなったような錯覚に陥る。
「大好きだよ…、撫子……。」
キスの間に囁かれた睦言が胸を甘く締め付ける。
溢れるような愛しさを感じながら、私は鷹斗の背にそっと腕を回した。
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