lover
「私ってカカシの恋人なのかな?」
少し乱れたベッドの上、俺の腕を枕にシーツに包まっている名無し。
情事後のちょっと掠れ気味の声で、しかしはっきりと言った。
「んー…。難しい質問だねぇ。」
「……むずかしいんだ。」
怒っただろうかと愛読書からちらりと視線を落とせば、
彼女はまるで複雑な暗号でも解読しているかのように眉間に皺を寄せている。
「じゃあ質問を変えます。どうしたら私はカカシの恋人になれるのかな?」
しばらく黙って考え込んでいた名無しは、きりっとした目で俺を見据えて再び問いかけた。
名無しは俺がアカデミーの頃からの付き合いで、所謂腐れ縁という存在。
こういう関係になったのはここ三年くらいだが、お互い束縛する訳でもなく、居たい時だけ一緒に過ごす。
付かず離れずの心地よい関係を保っていた。
……筈なのだが。
「何よ、お前がそんなこと言うなんて珍しいじゃない。何かあった?」
「別に。ただ私とカカシってどういう関係なのかな、って思って。」
「…今更そんな形にこだわる必要ないでしょ。」
「…………。」
また黙り込んだ名無しの頭をそっと撫でる。
指に絡んでは滑る髪を遊ぶようにすると、いつもなら気持ち良さそうに目を細める彼女の表情が、今日はどこか暗い。
まぁいいや、と溜息交じりに言った名無しは、俺の腕から抜け出すようにして体を起こし床に無造作に散らばった忍服を集め出す。
黒いアンダーに袖を通す彼女を見つめながら真意を探るが、そこは流石上忍、態度や表情から窺い知る事は容易で無い。
「何、嫉妬?俺一応今はお前以外とこういうことシてないけど?」
「ふふ、知ってる。してたら分かるし。」
妖艶な笑みを浮かべた名無し。
他の女と寝たら分かる、そう簡単に言って見せる彼女に頭の中で苦笑した。
「…恋人じゃないと言えないこともあるでしょう?」
「…………。」
その言葉を聞いて、俺の脳内に危険信号が灯る。
口を閉ざした俺を全く気にしていないのか、名無しはそれ以上何も言わずにふわりと窓から姿を消した。
俺はお前を傷つけただろうか。
でもね、お前と恋人にはならないよ。
揺れるカーテンをぼんやり見つめながら、俺はあいつとの出会いを思い出していた。
お前と初めて会ったのはアカデミーの教室。
初めて交わした言葉は、もう覚えていない。
まだ俺が頭でっかちのくそ生意気なガキだった頃、それでも忍の技量として突出していた為に周りから遠巻きにされていた。
そんな俺に面と向かって文句言ってきたのは名無しとオビトくらいなものだった。
あの頃は、五月蝿い女だとしか思っていなかったっけ。
暗部に入った俺は、まぁ若さもあって決して素行の良い方では無かった。
綺麗とは言えない任務ばかりの毎日でどこか殺伐としていた俺に、お前は幼い頃と変わらず文句ばかり垂れてたね。
それからしばらく疎遠になって、再会したのは上忍師になってから。
気の置ける飲み仲間から男と女の関係になるまで、たいして時間はかからなかった。
名無し、お前は俺の大切な仲間の一人だよ。
でもね、それ以下でもそれ以上でも無いんだ。
prev /
next