「がんばりました!」
「……………。」
でん、とテーブルに置かれた皿の上、ホクホクと上手そうな湯気と匂いを放つそれは、余り食べ物に頓着しない俺の唯一の好物だ。
しかし目の前にあるそれは俺が知っている物とは大分見た目が異なる。
小振りではあるが丸々一個のカボチャに彫られた目と鼻と口。
まぁ、それ自体はこの時期になるとよく見られるものなのだが、問題はそいつが甘辛く煮付けられているということだ。
(こいつは、どうしてこう意味の解らない懲り方をすんだ?)
「が、ん、ば、り、ま、し、た!!!」
半ば呆然とそれを見つめて黙っていた俺に痺れを切らしたのか、ずいっと俺の前に顔を寄せる名無し。
褒めてくれと言わんばかりの頭が可愛くて笑える。
「よーしよし、よくやったな。」
犬にする様にグリグリと頭を撫でてやれば、満足そうに目を細めた恋人。
あるはずのない尻尾が左右に忙しなく振られているような喜び方に、苦笑が漏れる。
名無しと付き合うようになってもう5年は経つが、いつまでもこいつのこういう素直な部分が俺は好きだった。
気の強い名無しとはよく喧嘩もするが、共に過ごす時間は穏やかで楽しく、将来ってやつを真剣に考えたのはこいつが初めてだった。
「ふふふー、ゲンマの好物だから頑張ったんだよ?二個失敗しちゃったけど。」
「んで、これ食ってもいーのか?」
「まだだーめ、明日ハロウィンだからそれまでは見るだけね。
私これから任務だから、夜帰ってきたら一緒に食べよ?」
「へいへい、分かりました。」
いそいそと妙ちくりんなカボチャの煮つけを冷蔵庫にしまう名無しの後ろ姿を何となく目で追う。
首筋にある小さなほくろも、二の腕にある古い傷跡も、背丈の割には長い足も。
俺の知らないあいつの部分なんてどこにもないと言い切れるくらい、俺たちは一緒に居た。
一緒に暮らそうだとかずっと一緒にいようだとか、甘い言葉なんて言ったこともなかったが、
それでも俺たちはいつでも共にあった。
これからもこうしてこいつの傍らで生きていくのだと疑うこともなかった。
額に軽くキスをして、抱きしめ合って、少しだけ長めの口付けを済ませてから家を出る。
いつもと同じ平凡な朝。
いつもと同じただ平凡で、幸せな朝だった。
名無しより早くに任務が終わった俺は、先に帰って恋人の帰りを待つ。
風呂を沸かして、あいつの力作である間抜けなカボチャに火を通しながら、
中身をくり貫くのに苦戦する姿が目に浮かんで一人で笑った。
夜が更けて、沸かした風呂も温めたカボチャもすっかり冷えてしまい、時計を見ては温め直すかどうか迷う。
任務が難航しているのだろう、そういうことは珍しいことでも何でもない。
しかし何故か胸がざわつく。もう何度時計を確認したか分からなかった。
俺の心配など気にも止めないように無情に刻まれる時間。
そしてその日、名無しが帰ってくることはなかった。
次の日になって、お前と過ごすはずだったハロウィンはあっと言う間に過ぎて、恋人の帰らない部屋でいくつもの夜が通り過ぎていく。
一緒に食べようと約束したから、俺は名無しの作ったカボチャに毎日火を入れた。
段々と煮崩れるそれを見て、きっとお前はがっかりするんだろうな、なんて思いながら。
ただ待つことしかできない俺は、そうしてお前のいない毎日を過ごした。
何日経ったか分からない。
鮮やかだったオレンジはすっかり茶色に煮詰まって、どこか愛嬌のあった顔が見る影も無い程ドロドロに崩れてしまった頃に、受けた知らせ。
名無しが殉職したという知らせだった。
涙は出なかった。
いつかお前が帰ってくると信じながらも、どこかで分かっていたから。
どうやったって俺たちは忍だ。身近な人間が死ぬことにはもう慣れている。
悲しくはなかった。
いつになるかは分からないが、俺もそう遠くない未来にお前の所へ行くだろうから。
単にお前が少し早く行っただけのこと。
口に入ることの無かったカボチャの煮物を捨てる。
どさどさと茶色の物体が鍋から消えていく姿を目で追いながら、心の芯が冷えていくのが分かった。
その瞬間、世界から色が消えた。
この日から俺の時間は止まったんだ。
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