カカシさんが任務に出てから2日目の朝。
いつも通り待機所に向かう私の横。
ぴったりと寄り添うようにチョコチョコと歩いていたパックンが私の名前を呼んだ。
「お主気付いておるのか?」
「え?…あー、あれ?」
パックンの問いかけに、目線を待機所の入り口へと移して小さくため息を吐く。
今日も例のくの一4人組が集まってこちらを睨んでいた。
ゲンマから注意されたにも関わらず、彼女たちは私に厭味を言うことを止めない。
毎朝待機所付近で私が通るのをわざわざ待っていて、早く出て行けとか自惚れるなとか、そんなことを言っている。
(くの一さん達って暇なのかな…。)
仕事すればいいのに、なんて心の中で悪態をつきつつ再び深くため息を吐いた。
「あやつら、お主に対して相当な敵意を放っておるぞ。」
「言われなくても分かりますよ…。でも、直接話しかけてくるわけじゃないし、無視してればいいから。」
「カカシはこのことを知っておるのか?」
「まさか!カカシさんに言ったら大事になっちゃいそうだもの。」
「それはいかん。わしからカカシに伝えておこう。」
パックンの言葉にぎょっとし、焦ってその小さな体を抱き上げた。
「だ、だめ!カカシさんに言わないで!」
「何故じゃ?」
「だって、ただでさえ色々心配かけてるのに…。自分で対処できることなら自分でしたいの。だからお願い、パックン…!」
私の懸命な態度にパックンは少しの間考えて、そしてしぶしぶ了解してくれる。
ほっと胸を撫で下ろした。
「わしは良いが、テンゾウにも口止めしておかぬとまずいと思うぞ。」
パックンの言葉にはっとする。
カカシさんが任務に出掛けた夜以来、全く姿を見ないから完全に忘れていた。
彼はきっとカカシさんが帰って来たら見たままを報告してしまうだろう。
『何かあったら呼んでくれればすぐに現れますので。』
そう言っていた彼だが、本当に今も近くにいるのだろうか。
若干の不安を抱えつつ迎えた昼休み、私はイルカさんからのランチの誘いを丁重に断り、普段から人気のない待機所の裏にある花壇の前にやってきた。
色取り取りに咲いたパンジーに少しだけ心を和ませる。
辺りを見渡し一人なことを確認してから、すっと息を吸い、小さな声で彼の名前を呼んだ。
「テンゾウさん…?」
途端に一陣の風が舞う。
「どうかしましたか?」
優しい声色と、暗部の刺青。
目の前に現れた猫面の忍は、紛れもなくあの日カカシさんが紹介してくれた彼だった。
「ええと…あの、テンゾウさんにちょっとお願いが・・・。」
「あの4人組のくの一のことでしたら、私もカカシさんに知らせたほうがいいと思います。」
「そ、そこを何とか!」
まだ何も言っていないのに一刀両断されてしまう。
必死にお願いをする私を彼は面の下で怪訝そうに見た…気がした。
彼としてはどうして私がカカシさんに知らせたくないのか理解に苦しむのだろう。
それも当然な話だ、彼らの任務は私の護衛だから。
護衛する側からすれば、護衛対象に危険が及ぶ可能性は少しでも排除したいと考えるものである。
「…カカシ先輩の普段の行動が生み出した事態なのですから、責任をとってもらうのが筋だと思いますがね。」
「それは違います。」
ぽつりと呟いたテンゾウさんの言葉を、私は自分でも驚くくらいに堂々と否定していた。
表情無く私を見つめる猫面を真っ直ぐ見つめ返す。
「この事は私の存在がなければ起こらなかった事態です。それをカカシさんに責任取らせるなんて、それこそ筋違いです。」
「…………。」
私がこの世界に来たこと、カカシさんに出会ってしまったこと。
それらは本来なら起こりえないことで、しかし事実私はここにいる。
ただでさえカカシさんにとってイレギュラーである私の存在。
これ以上彼の重荷にはなりたくない。
カカシさんが私を重荷だとか、きっとそんな風には思っていないと分かっていても、これは私にとって譲れない問題だった。
「陰口くらいでカカシさんに心配かけたくないんです、お願いします。」
深く頭を下げると、暫くしてはぁ、とテンゾウさんがため息を吐いた。
「分かりました。カカシ先輩には言いません、…今は。」
「あ、ありがとうございま―――…。」
勢いよく顔を上げてお礼を言えば、そこには既に彼の姿は無い。
少しも予想できない動向を見せる彼が何だかちょっと可笑しくて、私は小さく笑いを零した。
初秋の乾いた風が無造作に下ろした髪を揺らす。
足元をカサカサと舞い踊る落ち葉は、訪れる秋の足音のように感じた。
私を受け入れたまま、木の葉の夏は過ぎていった。
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