忍服に着替えてリビングに顔を出せば、雅美ちゃんは台所にいる。
自分の暮らす家にエプロンをした女性の後ろ姿が在るなんて始めこそ違和感があったが、今ではそれも慣れた。
「おはよ。いい匂いだネ。」
「おはようございます。今日は茄子のお味噌汁にしましたよ。」
台所からパタパタとエプロンで手を拭きながらやってきた彼女が、俺にタオルを渡して微笑む。
なんだか嫁さんでもらった気分だな、
なんて少しくすぐったいような気持ちでタオルを受け取り洗面所へ向かった。
雅美ちゃんと暮らす様になって二週間。
彼女が元の世界に戻るような兆候は全く見られなかった。
二人で向かい合い朝食を食べていると、彼女が窺うように口を開く。
「あの、カカシさん。私、ずっとこのままお家にいないとダメでしょうか?
ここでこれからも暮らすなら、私も働いたりしたほうが……。」
そろそろ言われるだろうと思っていた。
身体は健康なのだから、ろくに外にも出られない生活なんて長く続けてはいられない。
ここで働きたいという意思は、彼女の気持ちが前向きであるという証。
なるべくならばその気持ちに応えてあげたいと思う。
しかし何故か俺の気は進まなかった。
「あ、働くって言っても、アルバイトみたいなものでいいんです。
毎日じゃなくたっていいですし、一日3、4時間だけとかでも…、あの…やっぱり無理でしょうか?」
黙り込んでしまった俺に弱気ながらも食い付いてくる雅美ちゃん。
その必死さが可愛くて思わず小さく笑ってしまった。
「いやいや、俺もそろそろ何か考えなきゃと思ってたよ。
綱手様に相談してみようか、今日これから一緒に行ってみよう。」
「はい!ぜひお願いします!」
背筋をぴっと伸ばしてお辞儀をした彼女の頭を軽く撫でれば、返ってくる不満そうな目線。
その目線に対して俺が悪びれも無く笑って謝るのも、今では日常となっていた。
雅美ちゃんが俺のベッドに突然現れてから2週間。
彼女と暮らすことがこんなにも「普通」のこととして感じられることが不思議だ。
素直で感情豊かな彼女と過ごす時間は、驚く程心地良かった。
後片付けは自分がやるから支度をするようにと促すと、
彼女は一瞬躊躇いながらも素直に自分の部屋へと向かった。
白い泡と洗剤の香りの中で、皿を洗いながら考える。
(どうしたもんかねぇ。働くっていっても俺の目が届く場所でないと…。)
我ながら過保護だとは思うが、雅美ちゃんを外に出すことは心配でならなかった。
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