異界から来たという娘。
五十数年生きているが、そんな話は聞いたことが無い。
嘘を付いているとか付いていないとか、そういう問題ではない。
娘の話が本当であっても不審であることには変わりないのだ。
暫く様子を見ようが今結果を下そうが、結局は同じことだろう。
「危険分子は排除すべき、か……。」
ぽつりと呟けば、また苛立ちが募る。
この憤りは一体何から来るものなのか。
火影という立場で、感情に流されるなど以ての外と十分承知している筈。
しかし、何の罪もない人間に対してこれから自分が下さなければならない事は、
どうしたって気持ちの良いものではないのだ。
調べられるだけ調べ、できる限り慎重に判断する。
自分にできることはそれくらいのことだった。
火影室の奥、古い書物や貴重な巻物が置かれた部屋は、
代々の火影しか立ち入ることを許されていない。
木の葉の里に起こった出来事が記されている巻物に目を通す。
世間に広く知らされた事実から、里でも一部の者しか知ることのなかった事実まで、
全ての出来事が記された書。
どんどん歴史を遡っていき、初代火影時の書に記された一文に眼を止めた。
里が長い戦争に身を置いていた頃の、捕虜の記録。
「これは……。」
食い入るように記された内容を読んでいると、バタバタと廊下を走る音が近づいてきた。
「綱手様!!」
ノックをすることもせず、バタンと大きな音を立てて開く扉と共に聞こえてきた声の主はシズネのようだ。
「何事だ、騒々しい!」
書庫から顔を出すと、シズネは息を荒げながら、すみません、と一礼した。
「例の多田という女性の件で、是非綱手様に見ていただきたいものがあります。
私の理解の範疇を超えていまして、どう捉えたら良いのか……。」
脳裏に、先程読んだ文章が過ぎる。
「…歩きながら説明しろ。」
「はい!」
異界から来たという娘。
火影としてどうすべきか、未だ決めかねていた。
雅美の居る医療施設へと早足で向かいながら、シズネは告げる。
「尋問で使用した自白剤を体から抜こうと、いつも通り薬液とチャクラを流し込みまし た。しかし、全く反応が見られませんでした。」
「反応がない、ね…。」
「はい。まるで人形にチャクラを流し込んでいるようで、手応えがありません。
それと、左胸に術式のような物を確認しました。」
「…っ術式?何のだ??」
「それが、私を含め回りの者達も初めて見る術式です。」
白い壁に囲まれた長い廊下の一番奥。
使用中のランプが付いたままの施術室の扉には、結界術が施され固く閉ざされていた。
シズネが素早く印を結ぶと、パリンと薄いガラスが割れたような音と共に扉が開く。
手術用のベッドに寝かされている雅美の胸は、規則的に上下している。
左胸並ぶ四つの文字を見て、思わず息を呑んだ。
確かに見覚えのある文字の並び、間違いなく術式である。
「…シズネ、カカシをここへ呼べ。」
「――!?は、はい!」
走り出したシズネの背中を見送り、ふっと息を吐きながら眠る雅美に視線を移す。
懐かしいその術式に、己の中の迷いは消えた。
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