「……もたもた、ね」
いつ消えてしまうか分からなくて、この世界に存在しているようでしていない曖昧な立場の彼女。
そんな彼女と忍である自分が共に生き、共に逝けたなら幸せだとゲンマは言う。
それってきっと最高にロマンチックな考え方なんじゃないの?
自分を縛るのは自分の思考だけなのだから、余計なことなど何も考えずに彼女に想いを伝えればいいのかもしれない。
好きだと伝えて抱き締めてキスして、元の世界になど帰さないとこの腕に閉じ込めて。
ゲンマの挑発に乗ってみるのも悪くない。
(……けれど、俺は――…)
水を吸ってすっかり重くなった深緑の忍装束と、濡れて艶やかに光る群青の慰霊碑。
夜の中に輪郭や色を隠していた全てはいつの間にかその姿を現していた。
厚い雨雲に覆われていても、朝になれば日の光でちゃんと世界は明るくなる。
望んでも、望まなくても。
ふと雅美ちゃんの涙ぐんだ瞳を思い出して、胸が小さく痛んだ。
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