ほんのり顔を赤く染めた雅美ちゃんが俺を見上げて「おかえりなさい」と柔らかく微笑む。
(やっぱり家はいいねぇ)
忍が帰る家を求めてしまうなんて褒められたもんじゃないけれど。
さっきまで不快だった気持ちが、雅美ちゃんに会った途端跡形もなく癒されてしまうのだからこの子は凄い。
しかしそんな和やかな気持ちは、次の瞬間消え去った。
お茶入れますね、と髪の毛を揺らした彼女から普通ならば有り得ない程強く……ゲンマの匂いがした。
心臓がドクンと大きな音を立てて、同時に体中の血流が勢いを増す。
考えるより先に動いていた手は、通り過ぎた雅美ちゃんの手首を掴んでいた。
何が起こったのか分からずに、きょとんと自分を上目に見る彼女を見下ろす。
「……ゲンマに何かされた?」
「っな、なんでそんなこと……。送ってもらいましたけど、何もされてなんか無いです」
こんな時、隠し事が苦手な雅美ちゃんを少し気の毒に感じる。
俺としては洞察力を働かさなくても良いから好都合なのだが。
「隠したって分かるよ、俺人一倍鼻が利くから。雅美ちゃんから凄くゲンマの匂いがする。なに? ゲンマを庇ってるわけ?」
雅美ちゃんに向けて発した声は、自分でも驚くほど冷静で威圧的で。
あからさまに体を強張らせた彼女が怯えているのが分かる。
手を掴まれたまま俯いてしまった彼女を見て、泣かせてしまったかもしれないと思ったけれど、解放する気などなかった。
雅美ちゃんの口から真実を聞くまで、この腕を離すつもりなどなかった。
「……あの、本当に何も無いんです。ゲンマは私が本当に嫌がることはしないから……」
「……」
(よりによってゲンマと同じこと、言わなくてもいいじゃない……)
ああ、ダメだ。
またこのドロドロと重たい感情に支配される。
胸の奥が燃えるように熱くなり、痛みに似た感覚。
「だから……嘘ついたって分かるって言ってるでしょ? 別に責めてるわけじゃないんだから、何で隠すの?」
「……責めてるじゃないですか。何も無いって言ってるのに」
「唾液でも付かない限りこんな匂い残ること無いよ。自覚無いだろうけど今の雅美ちゃん凄くゲンマ臭いんだから」
「っ、カカシさんだって……カカシさんだって凄く凄く香水臭いです!」
ずっと床に落とされていた淡茶の瞳は、見たことないくらい鋭い強さで俺を捉える。
絞り出すように怒鳴った雅美ちゃんの声が、音の無いキッチンにビリビリと響いた。
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