誰も居ない家の中は自分の心音が聴こえる程に静まり返っている。
廊下の電気を点けて溜め息を吐いて、ノロノロと靴を脱いで溜め息を吐いて。
キッチンで水をコップに注ぐ音だけがやけに大きく響いた。
今日起こった様々な出来事のせいで頭がうまく働かない。
冷たい水を一気に飲み干すと、ぐちゃぐちゃだった思考が少しだけクリアになった気がした。
いつもチャラチャラしたゲンマの、思いがけない真剣な気持ちに触れたこと。
心のどこかで自分にだけ優しいのだと、そう思っていたカカシさんが他の女性と消えてしまったこと。
(私に矛先が向かないように……か)
カカシさんの気持ちは嬉しい。
私を守ろうと精一杯のことをしてくれているのは、痛いくらい分かる。
けれど、どうせ既に嫉妬の矛先は自分に向いているのだ。
自分のことを気にして他の女性に優しくするなんて、カカシさんへ想いを寄せる私にとっては苦しいだけ。
(なんて……そんなふうに考えちゃう私って本当に身勝手だよね)
だって私とカカシさんは恋人同士でもなんでもないのだから。
カカシさんを独り占めしたいとか。
私だけを見ていてほしいとか。
胸に刻まれた術式を何度も擦っては【帰りたい】と溜め息をついていた、あの頃はまさか自分がこんな感情を抱くなんて夢にも思わなかった。
(気持ちを伝える気もないくせにヤキモチだけは一人前とか)
「もー、ほんとどうしようも無い……」
「なにが?」
「っ……!」
突然間近で落とされた声に驚いて振り向けば、いつの間にか帰っていたカカシさんが口布を下げながら笑う。
その笑顔はいつもみたいにただ優しくて、散らかっていた思考はしゅわりと音を立てて溶けた。
本当にこの人には適わないなぁ、なんて自分の単純さを棚に上げて苦笑する。
「おかえりなさい」
「ただーいま」
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