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なつめさんからのお誕生日プレゼント【円撫SS】



【雨の日の、】

この世界では、実に緩やかかつ、静かな時間が流れる。
私は、幾度となく訪れる微睡みの中、てっきり誰かが泣いて
いるのかと思っていた。しきりに窓を叩く。雨粒が、窓ガラスに触れて、
そのまま垂れていくのが、遠目にもわかる。何となく、物悲しい。
空が、泣いている。

……私は、というと。未だベッドに拘束されている。

いや、けっして強制ではなく。正しくは動くことができない。私は、
必死に息を殺して、寝たフリをする。
そう、眠ったフリをすると、必ず誰かが部屋に入って、くるから。
何となく、起きるタイミングを見失うのだ。
それに、あろうことか今日に限っては、滅多なことでは、
この部屋に入るどころか、私には一切触れない、あの人がやってきた。
最初は違う、気のせいだ、と思っていたのに。深く吐き出された溜め息と。

……そして。私の頭に触れて、そうっと撫で上げる手。
途中指輪が、髪に引っかかったのか、髪の一房が持ち上がり、
その後するりとほどける。
ああ、なんて優しく頭を撫でる手なんだろう、か。起きている間は、
そんな気配なんて微塵もない。甘い雰囲気になど、一度たりともなった
ことはない。

と、そこまで考えてふとある結論に行き着く。私は、そんな雰囲気を、
待ち望んでいるのだろうか。彼に求めているのだろうか。普段は、
けっして触れようとしない。寧ろ頑なに、拒まれてさえいるようで。

……それが、まさか。寂しいだ、なんて。

思えば思うほど、不毛で。確かに、私は元の世界では彼のことが
好きだったのかも、しれない。ただの課題をこなしたメンバー、という
認識以上に。それでも、元の世界の彼ですら、家族以外が目に入らないような、
そんな子だった、から。私の姿が、その瞳に映るなんてことは、なかった。

「……」

それにしても、いったい彼は何の用事があってここに来たのだろうか。
聞きたい。なのに、起きたらこの優しい手は二度と触れてこない、気がして。
…どうか、もう少しだけ。この温もりを、感じていたいの。

「……撫子さん」

酷く、近い。息がかかる。頬に張りついていた髪が、指先で払い除けられる。
彼は。数々の素敵なアクセサリーを作り出す、魔法の手を、持っているの。
央もだけど、二人の感性とセンスには、目をみはるばかりで。この世界の
彼も、手先の器用さは健在のようだから。…そんな彼が、魔法の手が、
私の頬を撫でる。……もう、限界。寝たフリなんてしなければ良かった。
近すぎて。胸が苦しくて。ドキドキして。……死んじゃう。

「起きてるんでしょう?」
「っ?!」
「…狸寝入りとか、趣味悪いですよね、本当に」
「だって、円が…」

優しく頭なんか、撫でるから。夢かと思って。でも、夢ではなくて。
心臓が、壊れそう。この世界と、元の世界の彼を比べては駄目、だ。
……わかっているのに。

「ぼくが、何です」
「……何でもないわ」
「言いかけてやめるとか、気持ち悪いですよ。あなた」
「…う…、わ、悪かったわね」

やっぱり。……いざ、起きたら。憎まれ口しか叩かないし、叩けない。
なんで、いつもこうなってしまうのだろう。仕方ない、こうなったら。
起きることにしよう。しかしながら、雨の日って、なぜこうも倦怠感が
抜けないのだろうか。だるくて。だるくて。ずっと眠っていたい。

「ところで」
「何ですか」
「円は、何か用事……?珍しい、わよね」
「……ええ、まあ。先手を打った、というか」
「…先手?」
「……何でもないですよ」
「円こそ、意味深なこといって、一緒じゃないの」

たちまち、元々細い目がますます糸のようになって。もしかして、
機嫌悪いのかしら?それとも、聞いてはいけないことだったの?
よくわからない。円って、一緒にいても本心が見えてこないから。困るわ。

「撫子さん」
「何」
「……昨夜は、雷凄かったですけど、呼ばなかったんですね」
「……え」

確かに。昨夜は、激しい雷を伴った雨が降っていた。布団を頭から
被っていたせいか、あまり気にはならなかったとはいえ。レインは、
仕事が詰まっているとかで来れそうにはなかったから。
昨夜は、呼びさえもしなかった。……レインに、私は依存してしまっていて。
それは、ウサギの時から、変わらない。そう、変わらないのは私、だけ。
レインは、ウサギじゃない。わかっている。あの子とは同じなようで、同じじゃない。
レインは、男の人で。…大人で。
私は、見た目はともかく、中身は12歳で。それ、だけ。

「一人で眠れないんでしょう?撫子さんは、そんななりをして、お子様ですしね」
「仕方ないじゃない、雷は昔から苦手なのよ」
「……あなたって、本当、甘えるの下手ですよね」
「…そ、それは」

まただ。溜め息。というか、さっきの答えをまだ聞いていない。ここに来た、理由。
まだ、教えてもらってないのに。身を起こして、ベッドサイドの椅子にどかっと
座る彼を、見る。いったい、何を言いたいのか。わからないわ。

「……呼べば良かったじゃないですか」
「レインを?いいえ、無理よ。だって、徹夜だとか…」
「……そうじゃなくて。わかりません?ここまでいって」
「わ、わからないわよ」
「聡いあなたのことだから、わかってるのに知らないフリを、しているだけ、
 なんですよね。本当に、面倒くさい……」
「円、何が言いたいのよ、もうっ」

押し問答も、ここまでくるとくどい。文句があるなら、来なければいいのに。
そう、いいかけて。せっかく起きようと思ったのに。再び、ベッドに沈められる。
……って、そうじゃなくて。この状況は。いったい、何なの。


何が、起きているの?


「……レイン先輩が好き、ですか。撫子さんは」
「……、レイン、は。別に…、ただウサギの頃から知っていたから、その…」
「その割には、よくここに通ってますよね。…二人きりで、何をしているんですか」
「何って、話相手になってもらったり、お茶したり、それだけ、だわ」
「……本当に、それ以上、はないんですか」
「ないわ、本当よ。って、ねえ…円、はなして」

見上げた先に、色素の薄い髪。今は開かれている、紫水晶の瞳。綺麗で、動けなくて。
…こわい。こわい。まるで、知らない男の人みたいで。だって、私のこと、
そんな顔で今まで一度も、見たことなんてないじゃない。
吹きかけられた吐息が、頬どころか耳までくすぐるようで。あまりのくすぐったさに、
身をよじろうとして、けれど手首はシーツにしかと縫い止められている。

「撫子さん」
「まど、か」
「ぼくを呼べば良かったじゃないですか」
「え、だって、円は呼んだって来て、くれない」
「…もう、遠慮とかするの疲れたんです、ぼくは。あなたのことで、いらいらしたり、
 やめたいんですよ」
「円、わたしの、こと、もしかして」
「だったら、どうだっていうんです」
「え、円は私なんか、興味ないんじゃ…」

近づく唇。反射的に、目を伏せる。どうしよう、どうしよう。この状況は。
いったい。心臓が跳ねる。痛いくらいに。
顔にすべての熱が集まったかのような感覚に、なる。

「…とりあえず、今は黙っててもらえますか」
「ま、まどか…?ちょ、っ、んん…っ」

唇を塞がれる。言いかけた言葉も吐息ごと飲み込まれて、
息継ぎすら許してはくれなくて。涙が、こみ上げる。別に、イヤなんかじゃない。
むしろ、私の思考も理性も、崩してしまう。一見、乱暴そうに見えて。
いざ、口づけられたら、酷く優しくて。甘くて。このまま、溶けてしまいそうで。
胸の真ん中が、疼く。なぜ、キスされているんだろう。
お子様扱いしてたんじゃなかったの?なんて。


……次第に。すべてが、どうでも良くなる。


「は、はぁ、まど、か……」
「ぼくを、好きになってください、撫子さん」
「まどか、わたし、わたし…」

唇から、銀の糸が引いてぷつりと途切れる。額に、頬に。
キスが落とされて、離れる。やがて、唇がゆっくりと首筋を辿り、鎖骨へと
降りてくる。

「ぼくは、たぶん嫉妬してるんだと思いますよ。あなたが、レイン先輩に
 とられるんじゃないかって…」
「そんな。円こそ、私に全然触れてこないじゃない」
「そりゃ、触れたら。……こーなりますから」
「ちょっと、痕、ついちゃ……っ」
「答えを、聞かせてください。撫子さん」
「っ、ひゃ、もう、だめ、わたし…。す、すきよ、円」
「撫子さん…っ、本当、ですか。それ」

寝間着についているリボンが、口で引っ張られて。あっけなく、外される。
キスの合間に、次々とボタンが解放されて。露わになっていく、私が。

……なんて、即物的。だけど、拒めない。
拒む理由もない。身体が、火照り始める。これから起こるであろう
出来事を前に。期待感と、悦びに。おのずと、胸が打ち震える。

「…本当よ。あなたが、すき。だから……」


ーーー全部、あなたの物にすればいいじゃない。



なつめさん、素敵なお話しありがとうございました!
円撫よ永遠に……。

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