誰かのための銀指輪





「なぁ・・・旅行に行かないか?」

2月半ば、バレンタインが終わりそろそろひな祭りシーズンのためのケーキ考案中に切り出された。
「旅行?急になんだ・・・行きたいところでもあるのか?」
不思議だったので素直に聞いてみる。一体全体何がどうしてそう聞いたのだろうかと。
「どこにでもいい・・・・・・二人っきりになるのっていつもここだけだし・・・旅行は大げさだけどどこかに出かけたいと・・・」
この男の告白を聞いて早数か月、なんとなくどういう人間なのか分かった。派手な身なりの割には俺に対してなぜか消極的だ。遠まわしに自分の希望をぼそぼそと話す。不思議で面白いと俺は感じている。
「どうせなら海外がいいか?その前に予算を立てるか・・・あぁ、3月下旬なら休みは取れるな、ホワイトデーとひな祭り終わった時期で。」
なるほど確かに出会う場所は仕事場兼のこの自宅のみ、なら旅行も悪くない。前向きな発言をするとなぜか目の前の男は唖然としていた。その態度は失礼じゃないか?
「んだよ・・・気に入らないか?」
怒気を込めて言ってみる。少したじろいだが一応答えてくれた。
「いやその・・・乗り気になってくれるとは思わなかったし・・・・・・面倒だって言うかと思った・・・から・・・・・・」
面倒?・・・あぁそういや前に遠出は後で疲れるから面倒だとか愚痴ってたっけ。たいしたことないようなつぶやきも覚えていてくれた事実に俺は少しくすぐったく感じた。
「まぁそんなことも言ったけどな、俺はお前との旅行は賛成だ。仕事ばかりでそろそろ癒しがほしいしな。そうだな・・・・・・行くなら温泉がいいな、あんまり行ったことねぇし疲れも取れるしな。」
自分でも珍しいくらいに前向き方向で話を進める。気づいていなかったのだが実はこいつとの旅行が嬉しいと思っているようだ。
「じゃ、じゃ、じゃあ、温泉でいいとこ決めないとな!えっと、ま、ままずは予算と交通状況と・・・車か電車かえっと・・・お前の希望を詳しく聞いて・・・あ、俺はどこでもいいんだけどよ!」
焦って必死に段取りを決めようとしているこの男を見てなかなか飽きない。それどころか可愛いとか苛めたいとか思い始める始末だ・・・ずいぶん俺も人に対しての価値観が変わったようだ。
「俺としてはできればドライブを楽しみたい。ユースタス屋の運転でな。あとは全部任せる。金はそれなりにあるから高くても平気だ。ユースタス屋の希望に任せる。候補をいくつか持ってきてくれ、そしたら一緒に決めようぜ。」
ぽかん、とそんな擬音が似合う間抜けな顔で俺の言葉を聞いていたであろうユースタス屋は徐々に嬉しさに顔を染め上げる。反応がまるで初恋の女子高生のようだ。
「あ、の・・・俺安月給だから貯金とかな・・・あんまり残ってなくてな・・・いやもちろん自分の分は出せる・・・が、その・・・値段的に・・・」
「別にどこでもいい、ぼろくてもお前と旅行できるなら遊園地でも水族館でもいい。ぶっちゃけ3月下旬にするならどこでもいい。」
もじもじうじうじしているからはっきり言ってやった。それでも落ち着かないでそわそわしてやがるからキスをしてみた。不意打ちに驚いて目を見開いていたがすぐに目をつぶり俺とのキスを味わっていた。落ち着いたのを見計らって体を離すと口を開いた。
「2・3日・・・待ってくれ、いろいろ調べていいところ見つけるから・・・・・・お前といい思い出作れるところ探すからな!」
黙って俺が話を聞いていると、その雰囲気にいたたいまれなくなったのか自分の荷物をまとめて「じゃ、じゃあまたな!」と言って転びそうな勢いで部屋を抜けて車に乗り込みエンジンをかけていってしまった。そのさまは部屋の窓から眺めていた。



結局今日も言えなかった。そう思うと俺はなんて卑怯者なんだろうかと思う。普段からは想像もできないほど自虐に走る。
机の引き出しを開けて水色の小箱を取り出す。箱を開いて中身を確認する。そこには何の変哲もないただのシルバーリングが入っている。もちろん中身はわかっていた。これを買ったのは俺だ。もう一つのリングは無造作にズボンのポケットの中に入っている。
あいつと出会ってから早3か月と少し、やっと俺は自分の気持ちに気付いた。もう知らないふりなどできないくらいに俺は・・・・・・あいつが好きになっていた。そしてユースタス屋なしに生きていくのが困難になってきた気がした。
ユースタス屋の告白から休日を除いた日以外は毎晩俺に店に来るようになった。ケーキを買うだけだったり話をするだけだったり、俺の気分が良ければ体を重ねることもした。そこまで言い出さないだろうと思ったから気が向いたら抱いていた程度だった。
なんとなくメルアドと電話番号も交換したけど一度しか電話を使用していない。メールは一度も使ってない。
先月の話だが数日俺の店に顔を出さない時があった。きっと何か事情があるんだろうとそのままほっといた。だが気になってしまって仕事に集中できなくなっていたようだ。でなければ俺が注文されたショートケーキを間違えてチーズケーキを取り出すなんてミスは絶対にしない。
むしゃくしゃして電話をかけてみた。22時を過ぎていたが相手の都合は気にせずかけた。いや確かに多少なりと緊張はしてた・・・ケーキの予約の電話にはなにも感じなかったのに不思議だった。

『・・・トラファルガー?め、珍しいな・・・どうした?』

変わらない声に安心したのかイライラしたのか。元気ならなんで俺の店に来ないのかと。
「元気そうだな・・・なんで来なかったんだ?」
ずいぶんストレートに聞きすぎた。
『悪ィ・・・・・・仕事が溜まってて・・・遅くまで仕事して気づいたらお前の店閉まってるし疲れて家ですぐ寝たからな・・・』
「・・・気にせず俺の家で休めばいいのに。」
『だっ!って・・・・・・う・・・』
沈黙してしまった・・・初電話なのに俺も相手もなかなか次の言葉を出そうとしなかった。
『明日は多分・・・20時過ぎるから来れないな・・・ははっ・・』
「苦笑するな。いいから仕事終わったらここに来い!またシチュー用意してやるから絶対来い。どうせお前、忙しいからコンビニとかの栄養偏ったものしか食ってないだろうからな、いいか絶対来い!」
そして俺から一方的に電話をして電話を終える。次の日は俺の命令・・・というか願いだがユースタス屋は申し訳ないような顔をしていたが来てくれた。時間は21時を余裕で回っていたが来てくれたことに安心を覚える自分がいた。さすがに本気で疲れていたようだから無理やり抱くようなことはしなかったが、飯を食ってソファーで横になったかと思ったら寝息を立ててしまった。幸せそうに寝ていたので嫌がらせでもしようかと思ったが深い眠りは疲労がたまっている証拠のようなのでなにかする気にはなれなかった。
俺の心は少しずつユースタス屋という存在に蝕まれていた。悪い気はしない。でも不安になる。
依存
ユースタス屋なしにはたして俺は生きていけるのか?徐々に俺の中でユースタス屋の存在は大きくなる。日に日に。どうしようもない葛藤につい、ペンギンに相談した。すると一言告げて切りやがった。

『素直になれ』

認めたくはないが、的確なアドバイスだったと思う。ユースタス屋にたった一言「好きだ」と伝えるだけで済む話なのだがなかなか言えずにいる。今まで想いを伝えられたことはあったが伝える機会はめったになかった。先日も言おう言おうと思って言えなかった。こんなことがもう3週間経とうとしている。タイミングを見つけては逃している日々だ。全く自分の人間嫌いを憎むばかり。
そんな中であいつからの旅行のお誘い、当然嬉しくて素直に好意を受け取ったがはたして俺は想いを素直に伝えられるのか・・・・・・しかしこの機を逃すわけにはいかない。
せめて言葉が出なくてもこれだけは渡して俺の気持ちをわかってほしい。先週ついにシルバーリングを購入した。想いを伝えるために購入したのも理由の一つだがもう一つある。
証がほしかった。俺たちが繋がっている証が何かほしかった。当たり前で女々しいプレゼントかもしれない、あいつが心の底から喜んでくれる保証はない、だが初めて好きになったやつのプレゼントなら印象に残るものがいいなと思ったから買った。
温泉に入って落ち着いてから渡そう。恥ずかしいが奴が笑ってくれるなら幸いだ。




(ティラミスを添えて囁こうか)




はい、お友達記念で千骨さまに捧げます。こんな奴とお友達になってくれてありがとう!!リンクもありがとう!!感謝を伝えたくてこんな小説を送り付けます!!←
以前にですね、お褒めの言葉をいただいたパティシエローの話のちょっとした続編ですね。やっとローさんが自分の気持ちに気づいたところです。そんな感じです。本当にあそこまで絶賛してくださってありがとうございます!!!

ロキドに関しての発想変態ですがこれからも仲良くしてください(^^)v

110610