※キッドがにょた ついでにキラーもにょた
※最後は言い終わり方とは言えない

大丈夫な方はどうぞ


















海曲に沈む人魚姫





ある海の深海に美しい人魚がいました。彼女はキッドという名の人魚でこの海の姫でした。彼女の髪はとても明るい赤で深海でも映える色でした。肌も白く美しいと周りの人魚から誉めたたえられていました。なかでも彼女の歌声は多くの魚や人魚を魅了していきました。彼女はまさに深海に輝く赤い宝石と敬愛されていました。求婚者が多く彼女に迫りましたが彼女が振り向く男は現れませんでした。

ある日、彼女が海面から顔をのぞくことのできる機会が訪れました。彼女が15歳の誕生日がきたのです。キッドはこの日を今か今かと楽しみにしていました。見たことのない外の世界に憧れていたのです。そしてついにこの日がやってきたのです。キッドはすぐに海面に上がりました。すると彼女の眼の前に映ったのは大きな船でした。どうやらそこでパーティが行われているようです。
「人間はこんな大きいものを作ってその場所でにぎやかにするんだなぁ」
感心して見ていると甲板に一人の男が現れました。その男はこの近くの王国の王子でした。藍色の瞳と真っ黒な髪を持っていました。王子の名はトラファルガー・ロー、どうやら今日のパーティは彼のために用意されたようですが本人は浮かない顔をしていました。
それを見て気にし始めたキッドでしたが突然空が怪しくなったのに気付きました。嵐がやってきたのです。多くの人はそれに気付き逃げ始めましたが王子は悲しげに嵐のほうを見るばかり、逃げようとしませんでした。そうして間もなく船は嵐に直撃し海に嫌われた王子は海に沈んでしまいました。それを見ていたキッドは王子を助けようと必死に抱え海岸を目指しました。ひたすらひたすら泳いで王子を救おうとしました。
嵐がおさまり穏やかな海になったころ、キッドは王子を安全な海岸へ運んでいました。王子は気を失ったままだったのでキッドは一生懸命介抱しました。その過程の中、王子のよく見るとキッドはドキッとしてしまいました。キッドは王子を一目見て惚れたのです。それでもドキドキしながら介抱を続けると王子はようやく顔色をよくしてくれたのです。ほっとしたのもつかの間、向こう側から女性が近づいてきました。キッドはあわてて岩場の陰に隠れました。
「しっかりしてください!」
女性が必死に声をかけると王子はうめき声をあげながら目を覚ましました。キッドはそれを見てほっと胸をなでおろしました。とても安心したのです。よかったあの人が無事に生きてくれて、と。

あの日以来キッドはずっと王子のことばかりを考えるようになりました。あの人は今何をしているのか、何を話しているのか、一体どこにいるのかなどをずっと考えていました。想いは募るばかりです。でも人魚が人間と共に生活などできるわけがありませんでした。
耐えきれなくなったキッドはついに魔女の館へ向かいました。親友が噂していたのを思い出したのです。願いを何でもかなえてくれる魔女がいると、しかしその代わりの代償を求めると。聞いていたときはゾッとしていたキッドでしたが今の彼女は王子に会いたい一心だったので魔女に頼ることを躊躇いませんでした。館に着いたキッドは魔女に相談しました。人間の王子と共に生きるためにはどうすればいいのかと。魔女は答えました。その尾ひれを捨て二本の足を生やせば人間の生活を送れると。もちろんその話に乗りましたが魔女は代償をもらうと言いました。それはキッドの声でした。美しい声を差し出す代わりに人間の声を差し出せと言いました。キッドは少し迷いました。声が無くなれば歌を歌うことも話すこともできなくなるのです。でもキッドの決意は変わりませんでした。キッドは魔女との契約を交わしました。魔女がにやりと笑うと突然キッドは苦しみ始めました。苦しみの中キッドは魔女の言葉を聞きました。
「人魚のお前が王子と結婚できれば声は戻る。しかし王子が他の女と結婚してしまえばお前は泡になって消える。」
そして意識を失ってしまったのです。





キッドが目を覚ますとそこは海岸でした。どうやら海の底から移動したようです。キッドは自分の体を見ました。すると自分の下半身の変化に気付きました。そう、尾ひれではなく人間のような足があったのです。驚いて声をあげましたが全く声が出ません。かすれ声一つも出ないのです。どうやら魔女の魔法は本当だったようです。これからどうしようかと悩んでいると向こう側から会いたかった王子がやってきました。キッドはあわてて岩場に隠れましたが王子はその姿に気づいていました。
「お前、なんで裸なんだ?どこから来た?」
初めて王子の声を聞いたときもちろんキッドは喜びました。嬉しくて挨拶をしたくてもやはり声は出ません。彼女はとても悲しい顔をしました。
「わけありで声も服もないのか・・・よし、俺がここでお前を見つけたのも何かの縁だ。城にお前を連れていく。立てるか?」
王子は柔らかい表情でキッドに手をさしのばしました。キッドはその手を取ろうか迷いましたが王子のその優しさに甘えて手を出しました。でもなかなか足に力を入れることができません。それを見た王子はその手を力強く握りキッドの体を起して横抱きにして歩き始めました。恥ずかしくてすごくドキドキしましたが、王子のそばにいることをとても喜びました。
お城についてから王子はキッドに綺麗なドレスを着せました。真っ赤なドレスにピンクのバラの髪飾り、そしてキッドの大好きな海の色をしたペンダントをプレゼントしてくれました。きれいな身なりにキッドは大変喜びました。それでも感嘆の声すらあげることのできないキッドは満面の笑みをローに見せました。その笑みに王子は一瞬驚いた顔を見せましたが嬉しそうに微笑んでくれました。

それからキッドにとって幸せな日々が続きました。王子に文字の読み書きを教えてもらったり一緒に散歩をしたり、王子がいない時は庭で花の手入れをしました。どれも海の中ではできないことばかりです。王子と一緒にいれるその時間をキッドはとても大切にしました。キッドは決して両思いになりたいと思っていません。ただただ王子のそばにいるだけで幸せでした。
ある日、廊下を歩いていると王子の部屋から強い口調の声が響いてきました。王様の声です。
「いい加減あの者との結婚を決めろ。彼女を妻にすることがお前にとって幸せになるからだ。」
いったい誰のことを指しているのだろう?自分・・・ではないだろうな、とそう感じていました。
「お前を介抱してくれたあの女性、あの者こそお前の妻にふさわしいではないか!上品で優しい貴族の女性が。」
自分ではないほかの女性、キッドには思い当たる人物がいたのです。そう、あの時キッドが王子を解放した後に駆け寄ったあの女性です。身なりも整っておりいかにも貴族のような雰囲気をまとわせたあの女性です。
「ですが父上、私は彼女を好きには・・・」
「明日の昼に婚約パーティを開く、よいな!」
有無も言わせない王の言葉に王子は顔を崩さずに了承を得たのです。それはキッドにとってとてもショックでした。王子がほかの女性と結ばれる、自分の恋は実らないことを示していました。
キッドは明日の昼に泡となって消えてしまうのです。
怖くなったキッドはその場から逃げるように走りだし気づけば王子を介抱した海岸に辿りついていました。消えるその瞬間まで王子のことを考えていたかったのです。
キッドがそこで呆けていると海からだれかが現れました。それは親友のキラーでした。彼女は美しい金色の長い髪が自慢です。しかし今の彼女にはその自慢の髪がなくなり短髪になっていたのです。
「キッド・・・すまなかった。魔女の話をしてしまったせいで苦しめてしまったことを深く詫びる・・・・・・魔女からお前の命を助ける方法を訊いたんだ。」
おそらくキラーは髪を代償に魔女から話を訊いたのでしょう。一途ゆえにキッドを苦しめたことをとても後悔していたのです。キッドは申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまいました。
「このナイフで王子の心臓を一突きにしてくれ。そうすればお前は元の姿、人魚に戻れる。」
親友の言葉にキッドは青ざめました。自分の命のために愛するあの人を刺す、その現実はあまりにもキッドには恐怖のほかの何物でもありませんでした。
「キッドには生きていてほしい・・・でも選ぶのはお前自身だ。・・・何もできなくて本当にすまない。」
そうして親友は銀色のナイフを残して深い海へと姿を消しました。震える手でそのナイフを握りキッドはその場を離れました。

深夜、キッドはナイフを持って王子の寝室へこっそり忍び込みました。王子は深い眠りについています。
キッドは覚悟を決め強くナイフを握り無防備な王子の心臓にナイフを向けました。そして胸元までナイフを持っていったところで動きが止まりました。キッドは泣いています。自分には王子を殺すことができない、王子を殺して自分が生き延びることなどできない、とそう思ったのです。キッドは何もしないで部屋を抜けました。ひたすら涙を流して廊下を歩きます。悲しい靴音が廊下に響きます。
翌朝キッドは海の見える崖の淵に座っていました。12時の鐘が鳴れば自分が泡になる、それならば大好きな海で静かに消えてしまいたいと考えました。
あぁ気づけばもうあと5分、キッドは立ち上がり崖の下を覗き込みました。なにも怖くない、大好きだった海に帰るだけなのだと自分に言い聞かせて一歩一歩歩き始めました。
「待ってくれ!」
それでもキッドの足は止まりません。きっと今のはかすかに自分の中で臨んでいた幻聴だろうと、その場にいるはずもない王子が止めようとするなんてありえないと。
「頼む、少しだけ俺の話を聞いてくれ!」
確かな感触が背中から感じました。王子がキッドを後ろから抱きしめているのです。
「あの会話聞いてたんだろ?ごめんな・・・俺がこんなにも弱くて。本当はお前が好きなんだ。愛してる。お前は優しくて純粋だ。それが花の世話に現れてるんだ・・・だから俺はお前を知っているんだ。」
どうやら王子はあの場にキッドがいたことに気づいていたようです。
ここで初めて王子の顔を見ました。とても切なそうにでも嬉しそうにキッドを抱きしめているのです。キッドは枯れたはずの涙があふれて抱きしめかえしました。嬉しくて仕方ありません。言葉に出さなくても自分を見てくれていたのだとキッドは喜びました。
「お前を連れて逃げたい・・・だから俺と一緒に・・・・・・一緒に・・・」
最後まで聞かずにキッドは頷きました。王子と一緒ならどんな結末になろうとも・・・

気が付けばキッドと王子は海の中でした。嗚呼、キッドの腕をつかんで飛び降りたのです。もちろんキッドは笑いながら一緒に飛び降りました。どこにいようとも一緒にいたいのです。このまま二人で泡になるのも悪くない、でも王子は直前にこんなことを言っていました。

―名前は知りたかったな―

海の中なら伝わるだろうか?キッドは自分の名前を呟きました。それが聞こえていたのか王子は微笑んでただただキッドを抱きしめたのです。王子はかすかに口を動かしていたことにキッドが気づいていたかはだれも知りません。

海面に浮かんだものはピンクのバラのみでした。



(それでも彼女は幸せだったと信じたい)



実はだいぶ前に書いてたけど放置して再び描いた作品でしたー

110515