※死ネタ注意





特別な数字17




病院のある一室である男が真っ白なベッドに横たわっている。数年前は馬鹿みたいに走り回っていた姿はどこへやら、今じゃすっかり体は衰え起き上がることもできない。
病名は神経芽細胞腫、つまりはがん。もっともこれは乳幼児に多くされているが極まれに10代の人間にもありえるだそうだ。そんな極まれになんでこいつが・・・・・・
こいつとは赤ん坊から、ガキの頃からの腐れ縁だった。喧嘩もした、学芸会の役作りもこいつと一生懸命頑張った、高校受験もこいつと一緒に乗り切って受かった時は馬鹿騒ぎをした、部活も同じバスケをして色々これからだった・・・・・・・・・
高校2年になったばかりの頃だ、急に腹の痛みを訴えてきたのだ。ただの食いすぎかと最初は思っていたが深刻な表情を見せていたので冗談ではないと判断できた。急いで病院へ搬送、そこで思わぬ言葉を耳にした。

このままいけば後2カ月かもしれない・・・

そんな医師の言葉をその場にいた俺とあいつの両親が聞いた。両親は青ざめていた。当たり前だ、息子の命の終わりを宣告されたのだから。人のことは言えない、俺も青ざめた。というか信じることができなかった。
昨日まで俺と笑っていた男が?なんでガンで?嘘だあり得ない話だろ?
そんな言葉が俺の頭を駆け巡る。信じていた常識が一気に崩壊した気分だ。何とも言えない感情が俺の心の中でただただ渦巻いた。



しばらくしてあいつの綺麗で俺が美しいと思った鮮やかな髪は全部刈られてしまった。手術にはやはり髪は邪魔なのだろう。俺が残念そうに声をかけると「まさか坊主と同じ髪型を経験するなんて思ってもみなかった」と笑っていた。俺はショックだったんだ。それなのにこいつはどうして笑っていられるのだろう?それはきっとこいつが強いからなんだな。でも俺の心の痛みはどうしても取り除けなかった。
嘘だって信じたい、近い未来目の前の男が死ぬなんてでたらめだと思っていたい、それしか今の俺には考えられないのだ。
俺はあいつが「しつけぇから来なくていい」と言っても毎日のように病室へ行った。学校での出来事や俺のくだらない話を伝えた。あいつが弱気な発言をした時は俺が全力で励ました。お前のそばにガキの頃からずっといるんだ、病気如きに負けるお前じゃないのは知っていると。そしてそいつは力なく笑うんだ。それからありがとうと付け加える。それを見て俺は安心したり悲しくなったり・・・
実はこいつが俺に必死に隠している事実を俺は知っている。見ればわかるだろうけど弱り切っている。でもこいつは俺に弱いところを見せないように必死に笑うが俺は看護士が話しているのを聞いてしまった。食事をするたびに吐いてしまうこと、しかも食べた分以上に吐いて気持ち悪くなってしまうこと、さらに抗がん剤の副作用で造血細胞が傷つき赤血球などが作られなくなる・・・平たく言えば血液が不足して貧血になるなどの症状を頻繁に受けているらしい。治療中は多くて30回は輸血したそうだ。当然こいつの体力はみるみる衰えていった。そんなユースタス屋を見てやっぱり俺は切なくなる。




入院をしてから早10ヶ月、俺は変わらずこいつのそばにいる。何を言われても俺はこいつのそばを離れるわけにはいかなかった。いや離れたくない。
あいつが寝てても起きてても学校以外はほとんどこいつのそばにいる。絶対に離れることはない。それをこいつはよしとは思っていないらしい。
「もう4月か・・・・・・」
「あぁ・・・・・・・・・」
会話もむなしくこれだけだ。軽い返事しか俺はできない、何を言っていいのかわからない臆病者だ。俺の一言でこいつが傷ついてしまったら?不安になってしまったら?だから臆病な俺はこいつのそばにいることだけしかできない。
「なぁ、俺の夢・・・話していいか?」
痩せこけた顔を俺に向けて遠慮がちに話す。もちろんいいからなんでもいい、語ってくれ。俺は一文字も聞き逃さないから。
「あのな・・・まずは家族とゆっくり家で過ごしたい。今まで何とも思ってなかったけど家にいる時間って本当に自由で安心できて居心地のいい空間だったんだって入院してから気づくなんてな。当たり前だからこそ気づかないものか・・・・・・あとな修学旅行に行ってみたい。俺行けなくってお前の話でしかわからなかった・・・お前が買ってくれたキーホルダー大切にしてるぜ?でもやっぱいろんな景色見て写真撮って・・・・・・高校の青春を逃すなんて俺ってつくづくついてないよな。」
つらつらと自分の夢、というより自分がしてみたいことを俺に語ってくれる。俺は黙ってそれを聞いている。ひたすら語るこいつの言葉を聞いているうちにこいつは本当は元気で走り回ったりできるのでないかという錯覚に陥る。
しばらく語り続けて突然プツリと語りが止まった。
「どうした?」
「俺が一番したかったことはな・・・お前と一緒にどこかへ行くことだった。」
首の力を抜いてそいつは再び語り始める。
「本当な修学旅行に行きたかった。死んでもいいから許可を出してくれって医者に頼んだ。」
「ばっ!そんなこと」
「もちろん断られた・・・人の倍以上免疫力のない俺が外に出れるわけがないからな。当然と言えば当然だった。でもお前が俺の分まで修学旅行を楽しんでいったのは知れたからよかったけどな。」
ごめんな、俺は本当は修学旅行なんて楽しんでいないんだ。お前がいなくて何かが足りなくて楽しむなんて考えることができなかったんだ。
「修学旅行じゃなくていい。どこでもいいんだ。ファーストフードでもコンビニでも遊園地でも公園でもどこでもいい。お前と一緒にいれるならどこでもいい。いつもここに来てくれることはすごく嬉しいけど俺がこんな体で申し訳ない気持ちでいっぱいだな。」
申し訳ないのはこっちだ!何も言えずに俺は・・・・・・
「もっと・・・もっと俺の体が丈夫だったら・・・・・・」
だんだん目の前の男が目を閉じていく。なんで・・・なんで今目を閉じるんだよ?やめろ、やめてくれ!頼むから目を閉じないでくれ!まだ俺は・・・お前に言ってないことがあるんだ!
「でもここにお前がいてくれて本当に嬉しかっ・・・・・・」


その言葉を遮ったのは俺。俺がベッドに横たわるこいつを・・・優しく抱きしめているから。
「好きだ・・・・・・いつ言おうかってずっと悩んでいて・・・お前を傷つけるんじゃないかって・・・・・・ごめん・・・・ごめんな・・・」
いつだったか俺はこいつを親友ではなく恋愛対象と見ていたことを。自覚し始めたのはおそらく2年になったばかりぐらい。しかしいざ想いを伝えようと思っても同姓だから気味悪がられるだろうし冗談だと思って流されるかもしれない。自分がかわいくて、傷つくのが怖くて何も言えなかった俺は最悪の臆病者。でも勇気を出して言ってみようかと思った矢先に突然の入院。結局想いを伝えられないまま今に至る。俺は衝動的に想いを伝えた。知ってほしかった、俺の気持ちを・・・・・・それを聞いてどう思ってくれるかは知らないけれど。
「俺も好きだ・・・泣くなよ・・・お前滅多に泣かないのに・・・大丈夫・・・俺はもう大丈夫だから・・・・・・ありがとう」
そう言って抱きついている俺の頭を力がない手で静かに撫でてくれる。その手を感じてた瞬間、その手は俺の頭から滑り落ちた。あまりにも急に静かに落ちてしまってその手を拾うことすらできなかった。
こいつのありがとうが俺には嬉しくて、手を拾うことができなかった自分の無力さを嘆いて、こいつに何もできなかった自分を憎んで、こいつの手の優しさを一瞬だけ感じた寂しさを悲しんで、俺は全力でその名を叫ぶ。
頬に伝う冷たさなんて気にはしない。












意識を失いたくない。もっとこいつと一緒にいたい。その願いもむなしく俺の意識は消えていく。消える寸前、俺のそばにずっといてくれたあいつの声がする。イケメンで女子にももてるのに俺を好きになってくれたこの男が泣きながら叫んでいる。

キッド

俺の名を一生懸命叫んでくれてありがとう、俺を好きになってくれてありがとう、何もできない俺のそばにいてくれてありがとう・・・でも口が動いてくれない。だから精一杯笑おう。お前のためにありったけの力を使ってこいつに笑顔を送ろう。

(苦しい瞬間がこんなにも嬉しいなんて)





修正
注意書を入れました
気分を悪くされた方申し訳ありません・・・
以後気を付けます・・・
初心者にもほどがある