驚きの夕飯が終わって暫くした後

屯所の廊下を、慎重に歩く影があった



――千鶴である



だが彼女が纏う雰囲気は、何処か何時もと違う


身体は強張り、口元を一文字に結び

頬は何処か血色が良く、両手を胸の着物の部分を握り締める


足元が少々覚束ない様子だが、確実にある場所へと向かっていた


そして

とある部屋の前で、歩を止める



「……さ、斎藤さん…い、いらっしゃいます、か?」

「…雪村か?」



何故か上擦った声音で、千鶴は庄子越しに問い掛けた



「……す、少し…宜しいでしょう、か?」

「…あ、あぁ…?」



彼女の反応に疑問を持った斎藤だったが、さして気にせずに入室許可を下ろす

そろりと、千鶴は斎藤の部屋へ足を踏み入れた



「……雪村?どうしたのだ?」

「…い、いえ…」



眼前でカチコチに固まる千鶴に、斎藤は首を捻る

何故千鶴が自身を前にして固まるのか、斎藤には理由が思い付かないでいた



「…さ、さ、斎藤さんっ!」

「…何だ?」



意を決した様に、千鶴が口を開く

その気迫さに、思わず斎藤は僅かに息を呑む



「…と…とりっく おあ とりぃと、ですっ!」

「………は?」



彼女が紡ぎ出した、聞き覚えのない単語


それに彼は目を見開いた



「あ、えと…南蛮語で【お菓子をくれなきゃ、悪戯するぞ】って、意味らしいです…」

「いた、ずら?」



南蛮語、と聞いた斎藤は眉に皺を寄せる

慌てる様に千鶴は、再び口を開く



「南蛮では今日…十月三十一日に、魔を払う【はろうぃん】というお祭りをすると。子供達が妖怪に扮装して、家を練り歩いて、この言葉を言う習慣があるって……姉さんが…」

「…やはり青葉か…」



新選組で南蛮関係に一番詳しいのは、青葉だ

斎藤は呆れて、溜息を漏らす



「(…しかし…何故青葉は雪村に【はろうぃん】等を吹き込んだのだ?……菓子、あっただろか?)」



暫く考え込んでいた斎藤は、軽く嘆息を漏らしながら口を開いた



「済まんな。今、手元に菓子は無い」

「…っ…じ、じゃあ…い、悪戯を…させて頂きますっ!」

「あ…あぁ…」



彼は首を傾げる


確かに千鶴は真面目な性格だ

だが眼前の彼女は、確実に戸惑っている


悪戯する事に、戸惑っているだろうか?


斎藤は彼女の挙動不審さに、捻るだけ



「……で、ではっ!」



次の瞬間

室内に小さな、少し甲高く、短い音が響く


彼は起こった現象に目を見開き、ピキリと固まる

千鶴は顔を真っ赤に染めて、慌てふためく




斎藤の右頬に、千鶴が口付けたのだ




「い、悪戯、完了です!失礼しますっ!」



そう言うなり、彼女は斎藤の部屋から逃げる様に去って行く

残された斎藤は暫く固まった後、一気に顔を真っ赤に染めた



***



「……コレが、おめぇのしたかった事か」

『まぁね』



斎藤の自室の廊下の角から、ひょっこり顔を出したのは

恒例になってる、土方と青葉の出歯亀組


因みに土方が上・彼女が下になって、聞き耳をたてていた



土方は何とも言えぬ、複雑な表情を浮かべ

青葉はニヤけた表情を浮かべてた



「…しかし…雪村に本当にアレをやらせるとは、な」

『……いや、だってなぁ……』



一通り気が済んだ二人は、自室へ歩を進める


千鶴の行動は、全て彼女の入れ知恵

折角の南蛮祭りだ、せめて二人には楽しんでくれとの思いからだ


…だが何処か、青葉の表情は面白そうだが



『……まぁ……頬は予想外だったがな』

「は?」



彼女が頬をかきながら呟くと、土方は目を瞬かせる

全ての青葉の計画だと思いきや、どうも違うらしい



『だから…千鶴にコレを持ち掛けた時に

【一にする悪戯は、アイツに抱き着いてやれば良いんじゃね?】

とは言ったが…頬に口付けろ、は言ってない』

「……何?」




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