紫苑が伊達家に養子になって、早数年



月日が流れるのは早いもので

赤子だった紫苑も、今や三歳となった







だが彼女を待ち受けていたのは―――






「この化け物がっ!」



伊達一部からの罵倒、暴力…これは彼女の左目が原因だろう


紫苑の左目は、生れつき光を写さない

そして失明の為か、左目の色素が違っていた


右目は薄い青色の瞳、対して左目は…紅蓮の様な、血の様な紅

それに一部の伊達の人間が恐れた…そう、【一部】



城主の輝宗を筆頭に、義姫やその配下達、そして義兄・梵天丸は真逆の位置


紫苑にとって、彼らの存在が救いだった



『(…くだらない…)』



紫苑は小さく溜息を吐き出す



『(こんなこどもに、かまうじかんあるなら…たんれんくらいやればいいのに…)』



過酷な環境は、彼女の人格に多大な影響を与えた

それは良い方向か、悪い方向か…


どちらにせよ。紫苑は同世代の子供とは違う、思考を身につけた



一部大人からの罵倒・暴力を振るわれても、彼女は何も手を出す事はなかった

いや、出せないでいた…と言った方が正しい



『(…ちちうえには、おんぎがある…。かりにもれんちゅうは、ちちうえのはいかだ。それに…さわぎになったら、めんどうだし…)』



…面倒臭がりの性格は、既にこの歳で出来上がっていた模様…


着物に付いた汚れを叩くと紫苑は、てくてくと歩いていく

向かった先は―――



「お、姫さんじゃねえか!」



城の人気の無い、訓練場

ここは伊達に仕える黒脛巾組と呼ばれる、忍達の専門訓練場だ


彼らはここで、日夜修練に励んでいる

そこで彼女を迎えたのは、気さくな声色だった



『…その【ひめさん】てよびかたは、やめてください。はくりさん』



紫苑は浅く溜息をついく


黒脛巾組・頭領 伯利(はくり)

見かけは思いきり恐持てだが、中身は気さくな良い人だ


紫苑が溜息をついたのを見た伯利は、からからと笑った



「いいじゃねえか、姫さんは姫さんだ!…また派手にやられたな…」

『…ん…』



伯利は紫苑の傷を見るなり、目を細める



「ったく…伊達に連なる者が情けねえ。姫さん、手当てすっからこっち来い」

『…だいじょうぶ』

「じゃねえから言ってんだよ!」



紫苑の首根っこを引っつかんだ伯利は、そのまま訓練場にズカズカと進んで行った



「まぁ、姫様!」

「あいつら、またか!」



黒脛巾組から、非難の声が上がった



『…へーき、なれた』

「…姫さん…慣れんでくれ…」



慣れた手つきで手当てを施しながら、伯利は頭を垂れる

黒脛巾組は皆、紫苑の味方に位置する


それというのも、彼女が彼らに護身術を習っているからだ

最初は戸惑った彼らだったが、紫苑の熱意に負けてこっそりと伝授している


最近では彼女を慕い、【姫さん】と呼ぶ始末



「姫さん…今回の傷はちっと深いな。鍛練は無しだ」

『……だめ?』

「駄目だ」

『……ちぇ……』



小首を傾げて問う紫苑に、伯利は即答

不満げに唇を尖らす彼女を見て、黒脛巾組は皆苦笑を浮かべた



「しかし…本当に情けねえ」



紫苑の手当てが済んだ伯利は、不機嫌そうに呟く



「義理とはいえ、姫さんは輝宗様のお嬢様だ…」

『わたしとちちうえは、ちのつながりがありません。しかたないことです』



淡々と紫苑は言葉を紡ぐ、その無表情さに、皆が息を呑む

不意に伯利が、何かを思い付いた様に手を叩く



「そうだ、眼帯!」

『がんたい?えと…しっかんなどのめを、ほごするために、あてるものでしたか?』

「そう!勿体ねぇ気はするが、姫さんの目を隠せばちったあ違うはずた!」

「成る程!」



伯利の言葉に、皆が納得した様に頷いた

しかし紫苑は首を傾げる



『はくりさん、がんたいはわかります。ですが。もったいない、というのが…わかりません』

「分からない?姫さんのその目だよ」



苦笑しながら、伯利は紫苑の左目を指差す



「姫さんの左目は、夕日みてぇに綺麗じゃねぇか」



彼の言葉に、紫苑は目を見開く



『………そんなこと……はじめて、いわれました』

「そっか?なぁ、姫さんの左目は綺麗だよな?」



伯利は周囲に振り向き、問い掛けた

すると全員が、笑みを浮かべて頷く



『……っ!』

「ここにゃ、姫さんを否定する奴はいねぇよ。居たらぶん殴ってやらぁ」



にか、と笑みを浮かべる伯利に、紫苑は目を瞬かせた



『…とうりょうとして、それはどうかと』

「頭領、一本取られましたね!」

「違ぇねえ!」



笑みが絶えぬ彼らは、紫苑に嘘偽りなく接する

それが彼女に取って、何よりの救いだった



『(ありがとう…みんな…)』



後日――

紫苑は柄を使用した眼帯を、彼等より貰い受けた


これが、近い将来

奥州の双独眼竜(そうどくがんりゅう)…と呼ばれる所以になる



弍 完

mae tugi





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