ジージーと聞こえてくる、蝉の鳴き声

夜の帳が下り、生温い風が辺りを吹き抜けた


時刻は未だ7月31日


夕方頃に決着のついた、世界を巻き込む大合戦

その疲れからか、今は誰も寝静まっている


合戦の影響で陣内家屋敷の寝室いくつかが物置…いや瓦礫置き場に変わった。ほぼ半壊してると言っても過言ではない

その為に数人が、部屋に詰めたり寄ったりしたが




そんな中、廊下を誰かが横切った

足音を立てないように、ゆっくりと歩いていく


その後姿は――特徴のある猫背に、癖毛




『―――行くのか』




静かに通る声色が、彼に降り掛かる

背の高い後姿が、声の主に振り返った


尖った顎と渋い顔

顔中に絆創膏を貼り、せっかくの美丈夫な顔も台無しだ



「シシシッ、見つかっちまった」

『何も言わずに、行くのか?』



月明かりが、声の主を照らし出す

それは眉間に皺を寄せた、凪だった


侘助は彼女の問いに答えず

包帯を巻いた右手の人差し指を立てて、口元に持ってく


静かにしろと言う合図

だがその行為には、別の意味も含まれていた



『…黙って見過ごせ、と?』

「シシシッ、流石だな」



凪は重い溜息を漏らす


彼が小脇に抱えてるのは自身のノートパソコン、それは侘助のたった一つの荷物だった



「見つかったのが凪で良かったよ…陣内の連中に見つかったら、面倒だからな。まぁ健二君は別だが…」

『…お前…挨拶位してけよ…説明すんの、面倒臭いんだけど』

「適当に言っとけ、適当に」

『…おいおい』



侘助がまた歩き出す、向かう先は玄関

その後をゆっくりと、彼女が追った



彼自身、思う所があるのだろう

世界滅亡まで陥れるようなAIの開発者なのだから


だがこの様な夜中に、しかも逃げる様に行く事を凪はどうしても納得していなかった



『お前の事だ…どうせ、止めても行くんだろ…』

「良く分かっていらっしゃる」



玄関に着くと、侘助は靴を履いて立ち上がり、彼女に振り向く

そんな彼に、凪はある物を渡した



「何だこりゃ?」

『行ったら見せな。俺の名前出せば、知り合いが上手くやってくれる筈だ』

「…お前、どんだけ顔広いんだ?」



渡された名刺と彼女を交互に見ながら、侘助はア然とする



『そんだけ。そうそ、お前OZの運営側からスカウト来てんぞ』

「は?」



これこそ正に、寝耳に水だ

目を見開く彼に対し、凪は何のその



『そりゃあんだけのAIを造ったんだ、声が掛からない訳がねぇ。この分だと、自衛隊からもお声が掛かるぜ?
ま、決めるのはお前次第だがな』

「…ってもなぁ…」

『てか根本的に非があんのはお前じゃなくて、解き放った米軍国防省だろ。

ま…OZ経由で弾急してやるけど、な




黒い笑みを浮かべる彼女に、侘助はつい後すざる



「…お前、腹黒いな…」

『まぁな』

「んな事よか…お前、理一とはどうなんだよ?」

『は?』



今度は凪が目を見開く

すかさず彼は、追い撃ちをかけた



「良い感じにお似合いじゃねぇか?【あらわし】が落ちてきた時も、理一に抱きしめられてたろ?」

「…るせぇ。てめぇだって、理一先輩とタメだった筈じゃねぇか」



侘助の言葉に、彼女は頬を赤く染める



「シシシッ、俺は何とかなるから良いんだよ。それにお前なら理一を、任せられると思ったからな」

『何だよ、それ?ま、お前は直ぐに帰ってこれんだろ。

忘れるな、お前の戻る居場所は此処だからな』

「…あぁ…」



凪の言葉に、彼は不敵な笑みを浮かべると踵を返す



「…健二君に、言伝頼んで良いか?」

『健二に?何て?』

「夏希をよろしくな、彼氏殿――ってな」



振り向いたその顔に、彼女は錯覚を覚える

――朗らかに笑う栄に、その笑みは何処か似ていた



『あいよ、確かに……侘助』

「んぁ?」



呼び掛けられた侘助が見たのは――



『――いってらっしゃい』



穏やかに笑む凪


それに彼は、目を瞬かせた

次第に侘助の表情に、笑みが浮かぶ



「――あぁ、行ってくる」



そう言って、手をヒラヒラ振ると侘助は玄関扉を開けて、出て行った

静かに開き、静かに閉まる玄関の扉



それを見つめながら、彼女は複雑に笑む

血の繋がらない…だが固い絆で結ばれた、義理の親子に同じ事を頼まれてしまったからだ



『――何だかんだ言って、やっぱり親子だな。

しかし…まだ付き合ってる訳でもないんだが、なぁ…』



彼女の頬を、風が優しく撫でる

まるで彼女を励ますかの様に




***
葬式前夜話
侘助と夢主は悪友、な感じで書いてます…めっちゃ書きやすい(笑)




[モドル]


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