『…ごめん、栄おばあちゃん…私、小さい頃から泣いてたからさ…もう涙が出ないんだ…』



凪は穏やかに眠る栄の元へ、訪れていた



『…哀しくても、嬉しくても…涙枯れ果てたみたいでさ…』



苦笑を浮かべる彼女の手元には、小柄な柄の様な物体が


パチン、と柄から小気味よい音が響く

するとナイフが現れる



凪が持ってるのは、アーミーナイフだ

軍隊が制式採用している、戦闘以外の日用的な用途に使用するための多機能な折り畳みナイフ

一般的にはキャンピングナイフ、十徳(じっとく)ナイフ、または、機能数に応じて○徳ナイフと呼ばれることもある


因みに直訳すると『陸軍ナイフ』だが、実際は日用使用で戦闘用ではない



彼女は栄に優しく笑む



『ごめん、物騒で…でも…【けじめ】付けたいんだ…』



そう言うなり、彼女は漆黒の髪をナイフでばっさりと切り落とした

肩はゆうに越した長い髪が、首筋まで短くなる


凪は切った髪を髪紐できつく結わうと、懐紙に包んで栄の枕元に置いた



『栄おばあちゃんがいなくなって、泣きたいのに泣けない…涙が流せないから、さ』



それは彼女なりの考えた結論


涙を流す事が出来ない事で、凪は己に嫌悪感を抱いていた

そして託された栄からの言葉


彼女は栄へ決意の現れと、涙を流せない代わりに断髪したのだ



『…さて、と』



短くなった髪をなびかせ、凪は立ち上がる



『始めるか』



不敵な笑みを浮かべたその表情は、何故かどこか侘助に似ていた



*****



一方健二は、夏希の部屋へと向かっていた


朝食の準備が出来ても、彼女が2階に上がったままで健二が呼びに行く事になったのだ



2階のある部屋に、夏希の姿はあった



「夏希先輩…あの…朝食だそうです」

「………」



だが健二の言葉に彼女は答えず、ただ窓から外を眺めるだけ



「せん…」

「…この部屋ね」



夏希にもう一度声を掛けようとした健二だが、夏希の声に掻き消される



「ここ、侘助おじさんの部屋なの」



彼女の言葉に、健二の脳裏に侘助の姿が過ぎった



「(侘助さん…)」

「何時帰ってきても良い様にって、おばあちゃんが10年間ずっと残してた。

お互い凄く想い合ってる筈なのに…どうしてだろうね?」



二人が対峙したあの夜の光景が、夏希に影を落とす



「あんな別れ方のままなんて、栄おばあちゃんも侘助おじさんも可哀相…」



健二は彼女の手元にある物に気付く

それは侘助が落としたモバイルだった



「先輩それ、侘助さんの…連絡してあげないんですか?」

「…出来ないよ」



夏希は侘助のモバイルを握り締めながら、呟いた



「皆が…快くおじさんを迎えてくれる筈ない。そもそも戻って来てくれるかだって―

もう皆バラバラだもの…」

「そうは思いません」



拳を握りながら、言葉を紡ぐ健二

その声色ははっきりとしたもので



「栄おばあちゃんと、侘助さんだけじゃない。互いに想い合っているのは、夏希先輩もご家族の皆さんも同じ筈です。

行く着く答えが一つなら、どんな時間や手順が掛かっても…必ずそこへ導かれます

それに…勿体ないですよ、こんな素敵なご家族なのに。僕達の家族はバラバラだったから…」



彼の言葉を聞き、俯いていた夏希が顔を上げる


健二の父親は現在海外へ長期単身赴任、母は仕事が忙しく帰りがいつも遅い

姉の凪も、今は仕事の都合で岐阜に一人暮らしだ

だからこそ、彼は陣内家の華やかさに面食らったのだが



「だから焦らないで」



彼女が見た健二は、今までの彼と違っていた


「僕も、お手伝いします。勿論きっと姉さんも」



夏希が見たのは

柔らかく、だが揺るぎない光を瞳に宿した――心強い笑みを浮かべた彼だった




陣内家にとって、栄がどんなに大きな存在だったか――

それは失った、今だからこそ分かる事



「(大黒柱を失って、今は心許ないこの家だけど…きっとこの家の誰もが、おばあちゃんに励まされ、頑張って来た人達だから…僕も、姉さんだって信じられる――)」



差し出された健二の手に、彼女の手が重なった



***
夢主断髪は決めてました





[モドル]


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