「狭心症でな」
万作は縁側に座り、皆に語り出した
「ニトロ処方してた」
――狭心症
心臓の筋肉に酸素を供給する脈の異常による、一過性の心筋(心臓の筋肉)貧血の為に胸痛・胸部圧迫感などの主症状を起こす病だ
下手に放置すれば心筋梗塞、心室細動などを引き起こす場合もある
万作は携帯を取りだし、ディスプレイを見ながら続けた
「これで体調をモニターしててな。心拍・血圧・発汗…異常があればすぐにアラームが上がる仕掛けだが…」
パタンと携帯を閉じた音が嫌に響く
「昨晩からデータが送られてない」
「OZの混乱…」
『じゃなかったら、つじつまが合わん。盗まれたアカウント内に、システム関係者が居たんだろう…』
俯く健二の言葉に、淡々と凪が続く
「じゃあ!何時も通りなら助かっていたのかよ!?」
「いや、元々調子は良くなかった」
やんわりと万作は否定の言葉を紡ぐ
「寿命…だろうなぁ」
煙草に火を付け、吹かす彼の表情は何処か淋しげで
「んだよ!納得いかねぇよ!侘助は何処だ!?取っ捕まえて締め上げてやる!」
火が着いた様に万助は叫ぶが、周囲の顔色は暗い
『昨夜遅く、エンジン音が聞こえました。侘助が出て行ったんでしょう』
「…彼女の言う通りだ…翔太の車で昨夜、出て行ったきり…」
凪の言葉に克彦が続く
部屋の隅で、夏希が顔を両手に埋めていた
「10年も家を離れていたんだ。誰も連絡先なんか知らないよ」
「くそぉっ!」
万助は悔しげに庄子へ、拳をたたき付ける
すると赤ん坊の泣き声がこだました
「恭平…!」
「行っといで」
*****
チリリンと、風鈴の音が響く
居間に皆が揃い、気落ちしていた
塞ぐ者、涙を流す者、悲しみを噛み締める者、呆然とする者…
それは小磯姉弟も同じで
だが肉親でない二人は、陣内家を気遣って距離を置いていた
「…姉さん…」
『……夏希ちゃんの、傍にいてあげなさい…辛い筈だから…』
「…うん…」
健二は夏希の隣にそっと座る
その表情は何処か、不安げで
一方凪の姿は、居間から少し離れた廊下にあった
泣きじゃくる夏希を横目で見て、彼女は唇を噛み締める
いいかい?最後まで決して
諦めるんじゃないよ
諦めたら陣内家の恥だからね
ほら、シャンとおし!
あんたも健二さんも
立派な陣内家の一員さ
凪の脳裏に過ぎるのは、昨夜見た栄の夢の言葉
『(…ごめん、栄おばあちゃん…泣きたいのに泣けないよ…)』
風に揺られ、漆黒の髪が流れる
己の髪を暫く眺めていた彼女は、何かを思い付いた様に踵を返した
その瞳は、何処か栄を沸騰させる様な
意志の強い光を宿していた
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