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―千鶴編―

夜の通りを駆け抜ける影二つ

土方の元に向かう、千鶴と山崎である



「何があっても、この通りを走り抜けろ。後ろを振り向く必要はない」



彼の言葉に、千鶴は頷くしか出来ない



【千鶴、山崎を信じろ。
己の成すべき事を、成し遂げろ】




屯所前で別れた鈴々音の言葉が、彼女の脳裏でこだまする

それは鈴々音からの助言の一つ


背後で突然、白光が煌めく



「君は迷うな!鈴々音に言われただろう!――直に合流出来る!」

「っ!」



後方の音を無視して、千鶴は歯を食いしばりながら走った

ひたすらに走り、千鶴の体中が悲鳴を上げてる

それでも彼女は走る事を止めなかった


不意に横合いから差し込んで来た、灯火の明るさに目が眩む



「何やってんだ、てめぇは…」



一瞬身を固くした千鶴だが、聞き慣れた声に心底安堵した

その声音こそ、彼女が今一番望んでいたもの


へたりと座り込んだ千鶴に、原田が手を差し延べる



「大丈夫か?勝手に屯所から出ると、後で土方さんに斬られるぞ?」



原田の手を借りて立ち上がった千鶴は、搾り出す様に言葉を紡ぐ



「ほ、本命は…池田屋…」



言いかけた千鶴を手で制し、土方は表情を険しくさせた



「本命は、あっちか…」

「…敵の会合場所は池田屋、であると?」



それを肯定する様に、千鶴は必死に首を縦に降る



「山南さんなら脱走を見逃さねぇ。こいつは総長命令で来たって事だ」

「よく俺らと合流出来たな。京の地理は詳しくないんだろ?」



原田が関心して、口笛を吹きながら千鶴を見た



「やま…山崎、さんが…。会…津、所司…代、まだ…」



ぜぇぜぇと息切れしながら紡ぐ彼女の言葉に、土方は大方理解したのだろう

短い間思案の末に、決断した様に土方は顔を上げた



「斎藤と原田は隊を率いて、池田屋に向かえ。俺は余所で別件を処理しておく」



土方の命に、二人は即座に動き出す


【常に幹部の誰かと共に行動しろ】


斎藤から、誰かと共にいろと促された千鶴は、兄の言葉を思い出した



【幾ら護身術を学んだとはいえ、
大の男には勝てん。
自ら危険を伴う場所に行くな】



急に黙り込んだ千鶴に、斎藤は首を傾げる



「斎藤さんは…池田屋に行くんですよ、ね?」

「あぁ…着いてくるか?」



彼の言葉に、千鶴は舞い踊る程に嬉しかった


自身が少しでも役に立てるかもしれない

それもあるだろうが、彼からの申し出だからだ



「兄に…自ら危険な場所には行くなと」

「正論だな…土方さんと共にいる方が良いだろう」

「…斎藤さんと、一緒が良かったです…」



ポツリと呟いた千鶴の言葉は、斎藤の耳にも届く

斎藤の瞳には千鶴が、まるで捨てられた子猫の様に見えた

ついつい、彼は苦笑を漏らす



「…気持ちだけ、受け取っておく…連れていったら、鈴々音にどやされてしまうからな」



苦笑気味で斎藤が言うと、千鶴の頭を撫でて去って行った



「……ご無事で……」



***



その後、千鶴は土方と同行する


山崎と再会出来、千鶴は安堵の息を漏らす

不意に彼からの視線に気付いた千鶴は、緩く首を横に振る


実は鈴々音が池田屋支援に向かった事を土方に言うなと、本人から口止めされていたのだ


土方の背中を眺めながら、千鶴は兄に思いを馳せる


【覚えておけ千鶴。
戦いには大切な者を護る戦いと
誇りを護る戦いの
二つの意味を持つ戦いがある事を】


千鶴の瞳に土方の背中と、兄の背中が重なって見えた


― 千鶴編 了 ―


大捕物 前編 完


***
長くなりそうなので、分けます
次は夢主のターン


...執筆
11.10.27.編集・移転

mae tugi