どれだけ車に揺られたのだろう。
連れてこられたのは、山の中腹。
車を降りる彼女について行くのは、私のみ。

運転席で待つらしい彼を振り返れば、「蜂熊には、関係のない場所なのよ」と。

何もないこの場所が、彼女、なまえと私にとって何を意味をするのか、思い出さずとも分かった。



「ここを探し出すのに、何年もかかりました」

そう言う彼女の目は、ここではない何処かをうつしているようだ。
以前よりも高いそれに「大きくなったな」と言うわけにもいかず、

「背が高いのだな」と呟く。

「あなたも、すぐに伸びますよ」
「まあ、お前のことは追い抜かすだろうな」
「そうでしょうとも」

なまえの、あの美しい黒髪が、夏の風に揺れる。
そして、この黒いワンピースは、喪服だったのか。と、今さらにして気が付く。

私達は、ここで散ったのだ。


こうして、お前が成長した姿を見ることができて幸せだ。私がいなくとも幸せになれるのならば、それで、問題はない。
そう伝えたいのだが、それを言うのは、今の私ではないのだろう。

「長生きをしろ」
「変なことを言うのね」
「大事なことだ」
「あなたも、お幸せに」
「ああ」


翌朝、彼らは屋敷を発ち、私はそれを見送った。
「では、さようなら」と言う彼女に、私は「またな」と言ったのだが、
彼女は在学中にイギリスへ留学し、卒業後には四国へ飛んだため、それきり二度と会うことはなかった。

 

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