薔薇の花束を抱えた彼女は、黒いワンピースの裾を揺らして歩く。
隣で傘持ちをする男は、きちんと女にだけ影を落とし、何も言わずについて行く。
不意に、女は段差に躓き、よろめいた。
男が女の肩を抱くと、女は気恥ずかしそうにはにかみ、それに男は目を細めた。
買い物帰りの二人。あたたかく微笑みあう二人。
それを目の前で見せつけられて、ああ、彼らにもこんな未来があったのだなあ。と妙に納得してしまった。
おそらく、業というのか、念というのか。そういった強い何かで、彼らは結ばれている。愛憎入り交じったものによって、二人のことは死すらも別つことができない。
だから、彼女は今、彼と過ごしている。私は負けたのだ。否、前世から負けていたのだ。なぜなら、私と彼女は死別したのだから。
「負けた、か」
私の呟きは、彼らには届かない。
車へ乗り込んだ彼女は、ようやく私が離れて歩いていることに気が付き「蜻蛉様、お早く」と手を振った。
街へ下り、花屋で大きな花束を受け取った我々は、男の運転で海沿いを走っている。
どこへ向かうかも知らずに、私は後部座席に座っていて、彼女は真っ赤な薔薇を愛しそうに抱えて、私の隣にいる。
同じ紅でも、椿の方が。そんなことを考えていたせいか、つい、口をついた言葉は
「君には、紅い薔薇は似合わんな」だった。
彼女は天鵞絨のような花弁を撫でていた手をとめて、
「だって、わたしのではありませんもの」と言う。
では、誰のためのものだというのか。
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